ミズーリ州の博物館のアーカイブに埋もれていた、地球外生命の探査に関する論考が、執筆から78年を経て明らかになった。第二次世界大戦の瀬戸際に書かれたこの論考の意外な著者は、政治指導者ウィンストン・チャーチルである。
英国首相は、戦火に見舞われた地球の外にも生命が存在する可能性に慰めを求めていたのだろうか。太陽系外惑星が数多く発見されれば、その慰めは増すのだろうか、それとも損なわれるのだろうか。
「宇宙でわれわれは孤独なのか?」と題された11ページの論文は、1980年代からミズーリ州フルトンの米国国立チャーチル博物館のアーカイブに保管されていたが、今週号の学術誌『Nature』で天体物理学者マリオ・リビオによって検討された。
リビオは、未発表のこの文章に示されたチャーチルの論旨が、約80年前に書かれたものとは思えないほど現代的だと指摘する。チャーチルは生命を支えるために必要な条件について推測する一方、恒星間の距離があまりに遠いため、証拠を見つけるのは難しいと述べている。
チャーチルは、戦時下の暗闇に立ち向かうため、彼らしい人々を鼓舞する演説を行い、科学を擁護した。後者への情熱は、レーダーの開発につながり、ナチス・ドイツに対する勝利に決定的な役割を果たしたほか、戦後の英国における科学の飛躍的な発展をもたらした。
チャーチルの科学に関する著作は、彼が先見の明を持っていたことを示している。1931年に「50年後」と題した文章を発表し、原子爆弾や無線通信から、遺伝子操作食品、さらには人間に至るまで、未来の技術を詳述した。しかし、国が再び世界大戦に巻き込まれる不安に直面するなか、チャーチルの思いは他の世界に生命が存在する可能性へと向かった。
戦争の影のなかで
世界中で戦火が広がるなか、地球外生命について考えていたのはチャーチルだけではなかった。
1939年に初稿を書き上げる直前、H・G・ウェルズの1898年の小説『宇宙戦争』をラジオ向けに翻案した番組が米国で放送された。新聞は、火星人の侵略を現実さながらに描いたことで全米にパニックが広がったと報じたが、実際には、だまされた人の数はおそらくはるかに少なかった。
英国政府もまた、その可能性を真剣に受け止めていた。戦後数年間、UFO目撃情報について閣僚向けの報告を毎週受けていた。宇宙人との接触をほのめかすだけで集団ヒステリーが起きるのではないかという懸念から、チャーチルは、戦時中にRAFの爆撃機が遭遇した説明のつかない出来事について報道することを禁じた。
世界大戦による広範な破壊が予想されるなか、地球外生命への関心の高まりは、希望に後押しされたものと解釈できる。
高度な文明の発見は、戦時中に露呈した大きなイデオロギーの違いを乗り越えられるかもしれないという希望を示唆する。生命がありふれたものなら、いつの日か、たった一つの惑星をめぐって争うのではなく、銀河へと広がっていけるだろうか。少なくとも、生命が豊富に存在するなら、地球上でわれわれが何をしても、創造の営みの行方には影響しないということになるかもしれない。
チャーチル自身は、最後の考えに賛同していたようだ。彼はこう書いている。
少なくとも私は、ここでわれわれが築き上げている文明の成功に、それほど大きな感銘を受けているわけではない。広大な宇宙のなかで、生きて考える生き物が存在する場所は、われわれのいるこの一点だけだと考える気にはなれない。
新たな世界の豊かな広がり
もし今、チャーチルが首相だったなら、政治的、経済的に同じような不確実な時代に直面しているかもしれない。しかし、彼が論考を初めて書いてから78年の間に、太陽系外には惑星が一つも知られていなかった時代から、他の恒星を周回する約3,500の世界が発見されるまでになった。
もし今、チャーチルがペンを取っていたなら――いや、iPad Proにスタイラスを走らせていたなら――空に見えるほぼすべての恒星の周囲で惑星が形成されうることを知っていただろう。
新たな世界のこうした豊かな広がりは、チャーチルを勇気づけたかもしれない。また、彼の論考の多くは、現代の惑星科学にも今なお通じる。彼は水が生命の発達を支える媒体として重要であること、そして地球と太陽の距離によって、表面で水を液体の状態に保てる温度が実現していることを指摘した。
また、惑星の重力がその大気を決めるという点にも触れていたようだ。この点はしばしば見落とされるが、新たに発見された惑星がどれほど地球に似ているかを考える際には重要だ。
さらに現代のチャーチルなら、バイオシグネチャーを特定する重要性を加えただろう。これは、生物の影響を示す可能性がある、惑星の大気や反射光に見られる観測可能な変化を指す。次世代の望遠鏡は、こうした検出に必要なデータの収集を目指している。
惑星の大気を通過する星の光を観測すると、さまざまな分子に吸収された波長が抜けた指紋のようなパターンから、気体の組成を特定できる。惑星を直接撮像すれば、地表で植物が芽吹き、枯れるのに伴う反射光の季節変化が明らかになる可能性もある。
みんなどこにいるのか?
しかし、惑星がひしめく宇宙に知的生命の兆候が見当たらないのはなぜかと考えるうち、チャーチルの思いは暗い方向へ向かったかもしれない。「みんなどこにいるのか?」という問いは、エンリコ・フェルミが昼食時の何気ない会話で口にしたもので、やがてフェルミのパラドックスとして知られるようになった。
提案されている解決策は、生命が乗り越えるのにきわめて困難な「大いなるフィルター」またはボトルネックという形をとる。そこで問題となるのは、そのフィルターがすでに過去のもので、われわれはそれを乗り越えてきたのか、それともこの先にあり、地球の外へ広がるのを阻むのかということだ。
過去にあったフィルターには、生命の誕生は非常に難しいとする、いわゆる「出現のボトルネック」が含まれるかもしれない。アミノ酸や核酸塩基など多くの有機分子は、容易に形成され、隕石に乗って地球型惑星へ運ばれうるようだ。しかし、そこからさらに複雑な分子へと進むには、宇宙ではまれな、きわめて厳密な条件が必要なのかもしれない。
火星で生命の証拠を探すことへの関心が続いているのは、この難問と関係している。たとえ消滅してしまったものでも、太陽系で生命が別個に誕生した証拠が見つかれば、出現のボトルネックは存在しなかったことを示唆するだろう。
惑星の居住可能な環境を維持するには、生命が必要なのかもしれない。「ガイアのボトルネック」説では、液体の水に必要な条件を安定させ、惑星の大気を調節するのに十分な速さで生命が進化する必要があると考える。進化が遅すぎる生命は、やがて絶滅することになる。死にゆく世界で。
第三の可能性は、生命は比較的容易に発達するものの、人間レベルの知性に必要な合理性へと進化することはまれだというものだ。
こうした初期のフィルターが存在するからといって、人類が繁栄できない証拠になるわけではない。しかし、高度な文明に至るフィルターは、われわれの前途にあるのかもしれない。
この暗い見方では、多くの惑星で知的生命が発達しても、恒星系間へ広がる能力を得る前に必ず自滅してしまう。第二次世界大戦の開戦を目前にしてチャーチルがこのことを考えていたなら、フェルミのパラドックスを説明する有力な仮説だと思ったかもしれない。
チャーチルの名は、第二次世界大戦を英国の勝利に導いた象徴的指導者として歴史に刻まれた。彼の政策の根底には、科学が発展できる環境があった。今日の政治にも同じ姿勢がなければ、生命にとってのボトルネックに行き当たり、楽しむ人間が一人もいない宇宙を残すことになるかもしれない。


