10億人を超える人々が自分の身元を証明できず、その結果、医療、教育、金融サービス、通信、社会保障など、生活の質を高めるサービスを利用できません。この「アイデンティティ・ギャップ」は世界人口の約14%に影響し、アフリカとアジアの開発途上国で最も深刻です。また、社会参加の実現と測定や、投票、医療、雇用、経済参加、教育などの市民としての権利の擁護に大きな課題をもたらします。農村の住民、貧困層、子ども、強制移住を余儀なくされた人々など、脆弱な立場にある人々にとって、その影響は壊滅的なものになり得ます。
このアイデンティティ危機をどう解決できるでしょうか。答えの鍵は、私たちの手のひらにあるモバイル技術です。モバイル技術は、各国政府やエコシステムの関係者が、従来の時代遅れな紙ベースのシステムを飛び越え、より包摂的な方法で公的に認められたデジタルIDを提供する機会をもたらします。同時に、市民が社会に全面的に参加するための基盤にもなります。
デジタルIDが今日、人々の暮らしを変えている3つの方法を見てみましょう。
1. モバイルによる出生登録
世界では、5歳未満の子どもの3人に1人、およそ2億3,000万人の出生が公的に登録されていないと推定されています。出生登録は、子どもの身元を恒久的に記録するとともに、さまざまな重要なサービスを利用できるようにする手続きです。世界各地の出生登録率の格差は驚くほど大きく、世界保健機関(WHO)は、未登録の出生の99%が開発途上国で発生していると推定しています。世界でも特に到達が難しい地域の多くでは、従来の登録手続きに伴う費用の高さや不便さが大きな障壁となっています。こうした手続きでは、親が政府機関まで何度も長距離を移動しなければならないことがよくあります。モバイル技術がこの状況を変えています。

モバイルによる出生登録ソリューションは、出生データの収集、確認、保管の方法を改善しています。たとえば、ブルキナファソでは、新生児にQRコード付きの病院用リストバンドを装着し、モバイルアプリで読み取ります。アプリには赤ちゃんの登録情報も入力します。その情報はサーバーに送信され、対応するQRコード付きの出生証明書が作成されます。この技術により、いわゆる「ゴースト・チルドレン」、つまり通常は登録されない子どもたちの出生登録率がすでに向上しています。
サハラ以南のアフリカでは、モバイル技術により、ガーナ、コートジボワール、タンザニア、ウガンダで登録率が上昇しています。タンザニアでは、モバイル登録プラットフォームが2013年以降、170万人の出生を登録し、プロジェクト対象地域の登録・証明書発行率を10.5%から79%へ引き上げるのに貢献しました。
2. 難民のためのアイデンティティ
UNHCRは、世界で6,500万人を超える強制移動を余儀なくされた人々(FDP)がいると推定しており、その多くは20年以上にわたって避難生活を送っています。さらに、自然災害や気候関連の事象により、毎年およそ2,000万人が移住を余儀なくされています。故郷を逃れざるを得ない極限状況により、FDPは他の移民や外国籍の人々に比べ、身元を証明する書類を持っていない可能性が高くなります。そうした書類は、移動中に忘れたり、紛失、破損、盗難に遭ったり、意図的に置いてきたりした可能性があります。
そのため、FDPはデジタル、金融、社会面での排除につながる身元確認上の障壁に直面しやすく、モバイル通信やモバイル金融サービスへのアクセスも制限されがちです。私たちの取り組みを通じて見てきたように、モバイルサービスへのアクセスを可能にすることは、FDP自身だけでなく、人道支援機関、受け入れ国の政府、地域社会にも良い結果をもたらします。
モバイル技術は、難民の登録と身元の確立を支援するうえで重要な役割を果たせます。たとえば、UNHCRと人道支援分野で活動する他の組織との連携により、KoBo Toolboxが開発されました。これは、組織が携帯電話やタブレットを使って現地で難民データを収集できる、無料のオープンソース型モバイルデータ収集ツールです。
マレーシアでは、UNHCRが「UNHCR VERIFY-MY’」という無料のモバイルアプリで読み取り、確認できる顔写真付きIDカードの発行を始めました。このアプリを使えば、法執行機関の職員やUNHCRの保護活動に携わるその他の当局者を含め、誰でもIDカードの裏面にあるQRコードを読み取り、モバイル端末の画面に表示された個人情報や写真と照合して、カード保有者を目視で確認できます。
3. 開発のためのブロックチェーン
ブロックチェーンを活用したプラットフォームも、個人の身元情報の記録・管理方法を変え、重要なサービスへのアクセスを改善しています。たとえば、Gravityは、自らを「次世代のアイデンティティ・ソリューション」と位置づけ、顧客確認(KYC)に準拠したデジタルIDを作成することで、誰もが携帯電話を利用できるようにすることを目指しています。そのために、個人が信頼できる身元、すなわち「存在の証明」を確立できるよう支援します。この身元は、ソーシャルネットワークを形成する人々によって、時間を経ても検証できます。ユーザーの認証が済むと、モバイル事業者は許可を得てGravityのブロックチェーンに接続し、顧客のKYC関連情報を確認して、プロフィールの最新状況を把握できます。Gravityは最近、ケニアで初の実証実験を実施し、3日間で1,000人のユーザーを登録しました。現在は、同社のプラットフォームに1万人を登録することを目指し、2回目の実証実験に取り組んでいます。
ヨルダンでは、国連世界食糧計画(WFP)の「Building Blocks」プラットフォームを使い、シリア難民1万500人に100万ドル分の食料引換券を送付し、このシステムで22万件を超える個別取引を処理しました。食料支援の給付を管理する金融仲介機関に頼る代わりに、WFPのプライベート・ブロックチェーンを使って、難民一人ひとりの安全なプロフィールを作成します。販売時点で、加盟店は接続端末を使い、Building Blocksに保存された給付情報に照らして難民の取引を認証し、受益者が購入に使える「クレジット」を保有していることを自動的に確認します。
アイデンティティの未来はどうなるのか
すでに、コスタリカやインドなど複数の国が、出生、婚姻、死亡証明書のデジタル化を進めています。次の自然な段階は、こうした証明書の検証済みコピーを携帯電話で利用できるようにすることです。モバイル事業者は、市民が携帯電話を使って電子政府サービスを利用する際の登録や認証の簡素化も進めています。
シンガポールは、モバイル技術を活用してセキュリティと政府サービスへのアクセスを向上させるため、国民IDカードのアップグレードを検討しています。世界各国の政府向けにパスポートを製造するDe La Rueも、スマートフォンを使ってパスポート情報を安全に保存する方法を現在検討しており、これにより物理的なパスポートを完全に不要にすることを目指しています。
世界で51億人を超える加入者を抱えるモバイルは、これまでのどの技術にも増して人々をつなぎ、暮らしの質を高め、ときには人生を変える多様なサービスへのアクセスを提供しています。この規模を背景に、モバイル業界には、世界中の最貧困層や到達が特に難しい地域社会にデジタル技術の恩恵を届ける独自の機会があります。そしてその実現を通じて、持続可能な開発目標(SDG)16の重要なターゲットの一つ、すなわち2030年までに出生登録を含む法的アイデンティティをすべての人に提供することに貢献できます。
マッツ・グランリード(@MatsGranryd)はGSMAの事務局長です。

