小さな行動を繰り返すことで大きな変化を生み出せるという考えは、ビジネスの世界に深く根付いている。この概念は、人気の高い多くの投資戦略の土台であり、食生活や家計を改善しようとする場合も含め、私たちの多くが自分の暮らしをより良くしようとするときの基本となっている。
これは、カイゼン(文字どおりには「より良い方向への変化」)の基礎であり、広く支持されている経営哲学であるとともに、コスト意識の高い世界中の財務部門にとって重要な指針でもある。ノースウエスト航空は、ライムを10切れではなく16切れに切ることで、年間50万ドルを節約したことで有名だ(それより数十年前には、別の米国の航空会社がファーストクラスのサラダからオリーブを一つ取り除き、年間最大10万ドルを節約したと伝えられている)。
ところが不思議なことに、今日の世界が直面する最も複雑で重大な問題に取り組む際、こうした漸進的な変化の重視は見失われがちだ。少なくとも、見過ごされてしまうことが多い。
寄付者としてであれ、ビジネスの最前線に立つ者としてであれ、私たちの多くは変革について発信し、その実現に取り組んでいる。これは喜ばしいことだ。大きな目標は人を鼓舞し、意欲をかき立てる。私たちに挑戦を促し、持てる力を最大限に引き出す。しかし、大胆な目標を追求するなかでも、小さな前進が持つ力を見失ってはならない。
漸進的な改善
経済学者の研究によると、生産性が毎年3%伸びると、生活水準は一世代で倍増する。一方、生産性の伸びが毎年わずか1%の場合、生活水準が倍増するまでに三世代を要する。
生産性や貧困、食料不足や教育改革など、どの問題であれ、小幅な改善が現代社会の最も大きな課題に、とてつもなく大きな影響をもたらすことがある。中国の成長予測は、その好例だ。国連の推計によると、2030年までに中国の人口は14億人を超え、世界人口の15%近くを占める。これほど多くの人々を養うことは明らかに大きな課題だが、そのために必要なのは、中国の作物収量をわずか2%伸ばすことだ。
歴史もこの教訓を示している。スティーブン・ジョンソンは著書『How We Got to Now』で、1880年代にニューヨーク市の集合住宅で暮らす人々の危険で劣悪な生活環境に世間の注意を向けようとしていたジャーナリスト、ジェイコブ・リースの話を紹介している。リースの記事は情熱にあふれていたが、ほとんど顧みられなかった。しかし、1880年代後半の写真技術の小さな進歩、すなわち明るく安定して燃えるフラッシュパウダーの発明のおかげで、リースは多くのニューヨーク市民が余儀なくされていた暗く不衛生な暮らしを撮影できるようになった。彼の写真は言葉では成し得なかったことを実現し、世論の激しい反発を呼び起こすとともに、米国史上最も成功した貧困撲滅運動の一つを後押しした。その10年後、ニューヨーク州は建築基準に関する画期的な法律を可決した。
リースの物語で特に心強く感じるのは、技術革新の力を示している点だ。フラッシュ撮影の比較的小さな改善でさえ、社会に大きな変化をもたらすきっかけとなった。
交通の流れを調べるためにビッグデータを活用し、渋滞や事故を減らしたり、IoT機器を使って自然災害の予測能力を高めたりすることで、災害への備えを整え、被害を最小限に抑えたりするなど、デジタル技術を活用したイノベーションの可能性は、無限に広がり、心躍るものだ。
今年初めのニューヨーク・タイムズの記事「AI and Big Data Could Power a New War on Poverty(AIとビッグデータが貧困との新たな闘いを後押しする)」で、スタンフォード大学貧困・テクノロジー研究所の創設所長、エリザベス・メイソンは、AIの「家庭教師」が現代の多くの教室に見られる非効率な一律の教育方法をなくし、教育を一変させる可能性を指摘した。また、ビッグデータによって社会プログラムの有効性を「偏見やイデオロギーに左右されずに評価」できるようになり、政府がプログラムを評価する方法だけでなく、どのプログラムに資金を投じるかも変わり得ると述べた。
人工知能、高度な計算能力、増え続けるデータなど、こうした定量的なデジタルツールは、世界が切実に必要としている漸進的な変化を推進する最も強力な原動力だ。
私が創設し率いるクオンツ投資会社、ワールドクオンツでは、こうしたツールによって膨大な代替データを知見へと変換できるようになっている。これにより、これまで以上に多くのデータを、さらに速く分析できる。こうした定量分析の力は、株式市場の動向を読むことから、がんゲノムのマッピングに至るまで、さまざまな分野に活用できる。
デジタルリテラシー
こうした可能性を最大限に実現し、イノベーションのペースを保つには、デジタル言語に通じた人を増やす必要がある。テクノロジーを使うだけでなく、改善し、発展させる方法を見いだすための訓練と技能を身に付けた人々が、もっと必要だ。学ぶ意欲や才能があっても、その機会に恵まれない人は多い。
それが、ワールドクオンツ大学設立のきっかけの一つだった。同大学は、金融工学のオンライン修士課程を授業料無料で提供している。誰もが学べる教育によって、世界中の人々が貴重な定量分析のスキルを生かし、デジタル主導の変化に参加できる。
より多くの人々に学びの機会を届け、より多くの科目を教えるために取り組むなかで、私は先駆的なフォトジャーナリスト、ジェイコブ・リースが学んだ二つの教訓を心に留めている。第一に、漸進的な改善は指数関数的な進歩につながり得る。第二に、変革は一瞬では起こらない。

