米国ではコロナウイルスの影響による休校により、多くの人々が教育の枠を超えたセーフティネットを失っている。
オンライン教室は社会的不平等を浮き彫りにしている。家の設備の違いや、そもそも通話に参加するためのインターネット環境がないことなどがその例である。
2020年秋学期をどの程度オンラインで行うべきかと同じくらい重要なのは、その教育をどれだけ包摂的なものにできるかという問題である。
世界各国政府が「ステイホーム」命令を発令すると、社会における人々の交流のあり方が一変した。またたく間に、学校、教育機関、大学が閉鎖された。
何千人もの学生が、物理的な空間での学習からバーチャル空間での学習へと移行した。教育者たちは、わずか数日のうちに授業計画をZoomに適した教材へと作り変えた。
今年5月の米国では状況は次のとおりだった:48州、米国の4つの準州、コロンビア特別区、および国防総省教育活動(DoDEA)が、学年度末までの校舎の閉鎖を命じるか、閉鎖を勧告していた。その影響は、約5,080万人の公立学校の生徒に及ぶことになる。
同じ教室の中でも、ハンプトンズから授業に参加する生徒もいれば、混雑したアパートから参加する生徒、時にはシェルターから参加する生徒もいる。
Priyanka Jaisinghani
コロナウイルスの影響による休校は、米国の公立・私立学校少なくとも12万4,000校に影響を及ぼしている。
何千もの学校の一時閉鎖は、日々の授業だけでなく、それ以上の影響を及ぼしている。学校は多くの生徒にとってセーフティネットの役割を果たしており、給食、特別支援教育サービス、療法、高速インターネット接続などへの入り口となっていた。
学校という物理的な場が失われたことで、これらのセーフティネットは消え去り、こうした重要なサービスへのアクセスも失われた。
世界経済フォーラムは、コロナウイルスの流行に対して何をしているのか?
この数か月の間に、この新しい世界は、居間、寝室、そして家庭の利用可能なあらゆる一角を新たな教室へと変えた。この新しい形式と休校が組み合わさったことで、教育制度の脆さが露呈し、不平等の格差が広がっていることがわかる。
同じ教室の中でも、ハンプトンズから授業に参加する生徒もいれば、混雑したアパートから参加する生徒、時にはシェルターから参加する生徒もいる。生徒たちは自分の周囲の環境を意識しており、その不安は増幅されている。学校という物理的な空間は、平等な条件を生み出していた。
多くの生徒は、信頼できるインターネットサービスを利用できないため、オンライン授業への参加に苦労している。連邦通信委員会の報告によると約2,000万人のアメリカ人がインターネットを利用できず、そのうち利用できない生徒の大部分は有色人種の生徒である。
オンラインへの移行は、脆弱な地域社会に不均衡な影響を及ぼしている。
ロックダウン措置のもとでは、こうした生徒の多くは、より良く高速なWi-Fiを利用するために別の場所へ移動することができない。それでもデジタル環境へのアクセスはもはや贅沢品ではなく、今や生活に不可欠なものとなっている。
リソースへのアクセスをもう少し詳しく見てみると、3〜19歳の生徒のうち約10%が、ノートパソコンやデスクトップコンピューターを利用できない世帯で暮らしている。一つの世帯内では、兄弟姉妹や親と一台の機器を共有しなければならないという厄介な現実にも直面している生徒がいる。
インターネットと機器の両方へのアクセスの不足は、低所得層の生徒ほど深刻になる。休校は学年度のうち3か月分にとどまるかもしれないが、その影響は過小評価すべきではない。恵まれない生徒がさらに遅れをとる可能性が高いからである。
今後に向けて
学校は残りの学年を安全かつ確実に乗り切ろうとする中で、空間を再構築する機会を得ている。教育を包摂的なものにするにはどうすればよいか、そしてそれがどのような姿であるべきかを再考することができる。
この完全な遠隔学習環境では、私たちが対等な立場にないため、オンラインだけでは解決策にならないことが明らかになっている。
学校が提供する重要な資源がなければ、生徒は取り残され、脆弱な地域社会は不均衡な影響を受けることになる。
今後数週間で、米国全土、そして世界中の学校が、秋学期の計画を発表することになる。計画は完全な遠隔授業、対面授業、またはハイブリッド方式のいずれかになる見込みだ。どのような方式を採るにせよ、生徒を支援するための包摂的な計画をどのように立てるつもりなのか。
より平等な教育制度がどのようなものになりうるかを想像することは可能である。ニューヨーク州は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団と協力して将来の学校教育を再設計することで、すでに新しい教育の世界を再考する上で前進を遂げている。
この協力関係は、現在の不十分な体制を見直す上で、全国の学校にとっての青写真となりうる。
クオモ知事はこう述べている。「教育は私たちが本当に学ぶべき分野の一つだ。教室に全員が座るという従来の教育制度のモデルは、新たな日常では機能しないだろう。」
その中には、教育格差の是正、障害のある生徒の教育ニーズへの対応、質の高い教育への障壁の撤廃、そして教育者により広範な道具を用意することなど、掴むべき機会がある。
