リーマン・ブラザーズ危機後の市場資本主義改革は、いまだ完了していない課題である。2008年の金融危機は経済不況、社会危機、債務危機へと変わり、2016年には明らかに政治危機となった。先進工業国では、市場は包摂的な成長を実現できていない。
先進国の世帯のかなりの割合が、10年以上にわたって実質所得の横ばいまたは減少を経験しており、世代間に深刻な影響を及ぼしている。雇用格差やジェンダー格差は縮小しておらず、若年失業率も、教育、雇用、職業訓練のいずれにも参加していない若者(NEET)の割合も低下していない。こうした要因が重なり、「長期停滞」の懸念が高まっている。また、政府や機関、さらには経済システムそのものの機能に対する大衆の反発にもつながっている。
英国のEU離脱を問う国民投票、米国の選挙結果、そして欧州で続く選挙運動の論調は、深刻な信頼の危機を示している。こうした傾向の表れ方は地域、年齢層、ジェンダーによって異なり、すべての国で一様に見られるわけではない。その引き金となる問題もさまざまだ。成長の鈍化と賃金中央値の停滞、格差の拡大、失業の長期化、移民増加の影響、グローバル化や技術変化がもたらす不安などである。共通しているのは、経済が減速する中でも他の人々は利益を得た一方、自分たちは取り残され、将来への不安が増したと感じる人々が、人口のかなりの部分を占めることだ。「エリートは現実離れしている」という主張は、多くの人々の共感を呼んでいる。
問うべきなのは「できるか」よりも、「どのように改革するか」だ。
経済の活力不足は、雇用実績に大きく影響している。主に欧州のOECD加盟国のいくつかでは、失業率が容認できないほど高い。一方、公式の失業率は低下したものの、職業訓練や積極的労働市場政策が十分に機能していない経済や地域には、活用できる大きな労働力の潜在力がある。
長期停滞からの脱却
OECDとIMFは、低成長の罠から抜け出すには、公共投資を拡大する協調的な財政拡大が必要だと提言している。これは、金融政策に過度な負担がかかっており、必要な需要刺激を単独では提供できないという認識が広がっていることを反映している。金利が例外的に低いなか、最新の見通しは、財政政策の担当者には成長を押し上げる余地があると認めた。
こうした警告を真摯に受け止める必要がある。各国政府は、2010年以降の政策思考を支配してきた緊縮財政から転換しなければならない。財政的な余地はあり、次のことが可能だ。
雇用創出、生産性向上、ジェンダー格差と若年雇用格差の縮小、グリーン雇用の創出による低炭素経済への移行に重点を置き、GDPの2%に相当する規模でインフラへの公共投資を拡大する。
質の高い公教育への投資を増やし、企業・業種レベルで社会的パートナーが関与する長期戦略を通じて技能開発を進め、生涯にわたる職場での学習を提供する。
デジタル経済と次のデジタル化の波において、ディーセント・ワークを確保するための行動計画を策定する。
パリ気候変動協定で掲げた「公正な移行」への約束を具体化するため、産業転換について社会的パートナーと対話し、国として行動するとともに、労働者と地域社会のための「公正な移行基金」の創設を支援する。
所得格差の縮小
工業先進国では、過去30年間に国民所得に占める労働分配率が、GDP比で平均10パーセントポイント低下した。比較可能な統計のあるOECD加盟25カ国中22カ国で、賃金所得の内訳における所得格差が拡大した。2008年以降、市場所得の格差は、それ以前の10年間と同程度に、わずか3年間で拡大した。OECDによる高所得層と課税に関する最新の分析では、すべての国で「所得分布の最上位層」が最も恩恵を受けたことが示されている。
この傾向が最も顕著なのは米国である。人口の下位60%は過去25年間、生活水準の向上をまったく経験していない一方、上位1%が総所得に占める割合は、1990年の13%から2014年には18%に上昇した。短期的には、格差が景気回復を妨げている。中期的には、成長の恩恵が共有されているのかという国民の不信をあおり、各国経済でポピュリズムが台頭する土壌をつくっている。長期的には、格差によって技能格差が拡大し、デジタル化・グローバル化した経済への包摂的な移行が困難になる。
「より多くを分配するには、まず経済効率を高める必要がある」と主張し、貿易・投資の自由化や労働市場の「柔軟化」をただ推し進める考えには説得力がない。米国では過去20年間に生産性が60%上昇したが、実質賃金の中央値はわずか6%しか上昇していない。OECD加盟国の大半でそうだったように、(実質)賃金の伸びが生産性の伸びに後れ続ければ、GDPに占める労働分配率は低下する。米国の労働市場は、OECD加盟国の中でも最も「柔軟」な市場の一つだ。その結果、労働者は不安定な状況に置かれている。
強力な団体交渉と適切に設定された最低賃金を通じて賃金の動きを強めることは、「包摂的成長」を目指す政策課題の中心でなければならない。それは複数の効果をもたらす。第一に、賃金の伸びが強まれば経済に追加需要が生まれ、景気回復の強化に寄与する。第二に、賃金の動きが強まれば、中央銀行が信頼性と物価安定への責務を取り戻す助けとなる。賃金の伸びが1~1.5%という極めて低い水準で停滞し続ければ、コアインフレ率もインフレ期待も引き続き目標を下回る。
所得格差の拡大や賃金分配率の低下という問題を自動化などのメガトレンドに帰するだけでは、特定の政策選択、とりわけ緊縮財政が、労働者や労働組合の交渉力を弱めるなど、決定的な役割を果たした事実が見えなくなる。IMFの調査によると、所得上位10%の所得シェアの上昇のほぼ半分は組合組織率の低下によるものであり、技術変化やグローバル化の役割はより限定的だった。組合員数が減ると格差は拡大する。組合員数が多い場合、上位10%の所得は抑制される(IMF)。
さらに、社会対話と団体交渉は、技術変化を協調的に進めるとともに、所得分配への悪影響や雇用喪失の可能性を相殺できる。
政府は需要と購買力を押し上げるため、中・低所得層の所得を引き上げる戦略を策定しなければならない。そのためには、とりわけ団体交渉や最低賃金といった労働市場制度を強化して所得格差を縮小し、安定した雇用を圧迫する不安定・非公式・不規則な労働の増加を食い止めるべきだ。
改革課題には、次の項目を盛り込む必要がある。
団体交渉の適用範囲を拡大する。
各国の状況を踏まえて、適切な最低賃金を設定する。
特に危機の際に、適切かつ十分なインフラとツールを通じて質の高い教育・訓練へのアクセスを確保し、雇用主による投資と双方の社会的パートナーの積極的な参加を促す。
高所得層への課税を含め、税制の累進性を回復し、多国籍企業への効果的な課税を確保する。
資源を結集し、連携して増加する移民の流れに対処するとともに、社会にとって公正な移行を実現する戦略を策定する。
デジタル化と「次の産業革命」の恩恵を、より広く分配するための政策枠組み、規制、基準を適用する。労働者がオンライン・プラットフォームで働くかどうか、勤務地、業種、契約形態にかかわらず、労働条件と社会保障の適用において平等な待遇を受け、適切な時期に適切な訓練や就労支援策を受けられるようにすることが不可欠だ。
進歩的な貿易・投資政策課題
経済の停滞と世界貿易の成長鈍化を受け、貿易・投資の自由化を加速すべきだという声がある。しかし、これは問題の核心を見失っている。因果関係は、世界貿易の縮小(または貿易障壁の上昇)から成長の鈍化へと向かうのではなく、その逆だ。現在の状況における中心的な問題は、保護主義の拡大でも、貿易・投資自由化の不十分さでもなく、世界経済における総需要の弱さである。
需要の弱さと貿易の縮小との関連を無視すれば、再び「競争力」という議論の罠に陥りかねない。労働分配率を引き下げて「輸出によって危機を脱しよう」とする経済は、世界全体の需要不足をさらに深刻化させる。
必要なのは、労働基準の尊重を徹底し、外国投資家に国内の法制度と国際基準を順守させる貿易・投資政策課題である。責任ある企業行動、グローバル・サプライチェーンにおけるディーセント・ワーク、効果的なコーポレート・ガバナンスを含む企業の説明責任に関する課題では、企業のビジネスモデルが長期的かつ忍耐強い投資を促し、企業が生み出す富をステークホルダー間で公正に分配するよう確保しなければならない。
政策は「敗者への補償」という考え方を超えなければならない。そもそも経済と市場が、より公正な結果を生み出す構造になるよう確保すべきだ。労働者には雇用保護の恩恵が必要であり、失業した場合には、充実した社会保障網と積極的労働市場政策による支援が必要だ。変化の恩恵を得るために必要な手段を労働者に提供する技能・訓練制度への投資、労働者参加、社会対話を強化し、バランスの取れた内部的柔軟性を実現する必要がある。
貿易・投資政策課題では、次の点に重点を置かなければならない。
特に事前通知を徹底して雇用を保護し、労働者に「早期警戒信号」を提供する。充実した失業給付によって、適切な職と技能のマッチングに必要な時間を確保する。生涯にわたる技能向上を実現するため、職場での学習・訓練制度を整備する。
協定において、労働者の権利と投資家の責任に関する執行可能な規定を設けることを約束し、すべての関係者が利用でき、あらゆるステークホルダーの権利を対象とする、公正で開かれた透明性の高い紛争解決措置を確保する。
グローバル・サプライチェーンにおいて企業に人権デュー・ディリジェンスの実施を義務づける国内法を制定し、2016年6月のILO総会(ILC)におけるグローバル・サプライチェーンに関する議論の成果を踏まえ、ディーセント・ワークの課題のあらゆる側面を促進する方法を特定するためILOと協力する。
OECD多国籍企業行動指針などの文書を、各国連絡窓口(NCP)の強化を通じて実施する。
何よりも2017年には、政策と政治によって市場資本主義を改革し、社会正義と経済効率の双方の向上に資する経済を実現できることを示さなければならない。



