英国がEUの完全な加盟国であり続けるかどうかを問う国民投票が、2017年末までに実施される。これは欧州プロジェクトを岐路に立たせている。一方で、英国は主要な経済・政治大国であるため、現加盟国は「ブレグジット」を避けるために最善を尽くすと予想される。他方、これまで連合を離脱した国はないため、EUは離脱後に厳しい条件を課し、後に続く可能性のある国々を思いとどまらせようとするかもしれない。
欧州が岐路にあることを明確に示すのは、検討中の政策選択肢の一つに、異なる種類の加盟制度の設立が含まれていることだ。1 この考えは最近、イタリアの元首相(Letta 2015)とベルギーの元首相(Verhofstadt 2015)、フランス経済相、そして(ドイツ出身の)欧州議会議長によっても唱えられている。2 準加盟と完全加盟の違いは、経済学者が「浅い統合」と「深い統合」と呼ぶものに対応する。前者は純粋に経済的な統合を意味し、後者は経済面と政治面の双方の統合を伴う(Baldwin and Jaimovich 2012、Brou and Ruta 2011、Martin et al. 2012、Sapir 2011を参照)。加盟形態の差別化は「二速欧州」をもたらすことになるだろう(Bagehot 2011)。
本稿では、EUの加盟形態を差別化するという提案を真剣に受け止め、この二つの選択肢から得られる純便益を比較する新たな計量経済学的証拠を提示する。
ノルウェーとEU
EUとノルウェーの関係は、ある国がEUと経済的に結びつきながら、同時に政治的には距離を置くことが可能であると示している。もちろん重要でありながら難しい問いの一つは、この「経済のみ」の加盟形態が、EUの完全加盟国28カ国が享受する「経済と政治の双方」の加盟形態より優れているかどうかだ。このような統合の純便益を切り分けるのは困難を伴い、私たちの知る限り、これまで試みられたことはない。
私たちが提示する識別戦略は、他に類を見ない自然実験を活用する。ノルウェーはEU加盟の全要件を満たし、加盟交渉を完了し、欧州経済領域(EEA)の創設メンバーとなることを受け入れた(これにより単一市場への無制限のアクセスが認められた)が、1994年の国民投票で完全なEU加盟を拒否することを決めた。
欧州委員会によると、ノルウェーは1994年、当時の他の候補国であるスウェーデン、フィンランド、オーストリアと同じく、EUに加盟する準備が整っていた。天然ガス埋蔵量の発見は、1回目と2回目のEU加盟をめぐる国民投票(1972年と1994年)の前に起きており、EU加盟を拒否する票を2度投じた国はノルウェーだけである(House of Commons 2013)。1994年に完全加盟を拒否したため、ノルウェーはEUとの経済統合の便益を享受する一方、政治統合の便益は得ていない。
深い統合の効果
最近の研究では、差の差法と合成コントロール法(SCM)を用い、1995年のEU拡大の前後における、ノルウェーの地域が仮にEUに加盟した場合の生産性への影響を推定する(Campos, Coricelli and Moretti 2015)。ノルウェー、オーストリア、フィンランド、スウェーデンの地域別年次データを用い、対象期間は1985年から2000年までとする。
表1は、差の差法による推定結果をまとめたものだ。1995年以前と以後のノルウェー各地域の生産性水準の平均変化は、1995年にEUに加盟した3カ国の各地域における同期間の平均変化を、1.6~2ユーロ(約8%)下回ったと推定される。オスロは異なる動きを示しており、サンプルから除外すると効果の大きさはより高くなる。
表1。地域レベルデータを用いた差の差法による推定(1985~2000年)

注:括弧内はロバスト標準誤差。推論:***p<0.01、** p<0.05、* p<0.1。Norwayは、ノルウェーの地域で1、オーストリア、フィンランド、スウェーデンの地域で0を取るダミー変数。Post95は、1995年から2000年までの年で1、1985年から1994年までの年で0を取るダミー変数。Controls RYは、地域・年次の次元を持つ制御変数の集合(産業別雇用者数の総雇用者数に占める割合、人口密度、投資比率、教育など)。
図1は、差の差法の形式で示したSCM推定結果であり、ノルウェーの7つのNUTS2地域それぞれと、その(合成)反実仮想との間の生産性(労働1時間当たりの産出量)の差について、処置前(1985~1994年)と処置後(1995~2000年)を示す。処置前の期間には、実際の地域と合成地域の生産性水準は同程度である一方、処置後の期間には大きな差があると推定される。ここでもオスロ地域は例外的で、処置後の実際値と合成値の差はプラスである。
図1。実際の地域と合成反実仮想地域の差(%)
SCM結果の平均は、差の差法の効果(地域間の平均)から大きく離れていない。両者が異なる理由の一つは、SCMが時間とともに変化する観察不能な特性の存在を完全に考慮することにある(Abadie et al 2010)。
図2はSCMによる推定結果全体を示しており、赤い線はノルウェーの各NUTS2地域について、観察された生産性水準と推定された反実仮想との年ごとの差を表す。1995年以降の値が負(正)なら、その地域が代わりにEUの完全な加盟国であった場合、生産性はより高く(低く)なっていたことになる。実際の地域と合成地域の生産性水準の差は一定ではなく、時間とともに拡大している。これは、政治的要因による生産性の便益が一時的なものではないことを示唆する。
図2。実際の地域と合成反実仮想地域の生産性差(ユーロ)(1985~2000年)

注:赤い線は、オーストリア、フィンランド、スウェーデンのNUTS2地域22カ所すべてをドナープールに用いた基準推定を表す。灰色の線は、これら3カ国のNUTS2地域22カ所のプールから無作為に選んだ11地域をドナープールに用いて得た、100通りの代替推定を表す。
ドナープール内で正のウェイトを持つ各地域は、構造上、処置後の合成地域の動態、ひいては推定効果に影響を与える。合成反実仮想の推定における主な懸念の一つは、処置とは無関係な固有のショックを受けたドナープール内の個別地域が、結果を左右しかねないことだ。この可能性に対処するため、代替ドナープールを多数(100通り)用いて合成反実仮想を反復的に再推定する。各代替ドナープールでは、基準推定で使用した地域の半数(22地域中11地域)を無作為に選ぶ。図2の灰色の線は、基準推定(赤い線)で得られた効果の方向が、異なるドナーサンプルに対して頑健であることを示している。むしろ、基準推定は無作為ドナープールに比べ、効果を過小評価している。基準推定から得られた生産性効果は、ドナープールの特定の構成に過度に左右されていないと結論づける。
総じて、主な知見は、EUの完全加盟(深い統合)は準加盟(浅い統合)に比べ、相当な経済的便益をもたらすということだ。ノルウェーが1995年にEUに加盟していたなら、1995年から2000年までの平均的なノルウェー地域の生産性水準は6%高かっただろう。
ノルウェーの公式な7つの地域(NUTS2)のうち、仮にEUに完全加盟した場合に生産性が低下するのはオスロだけだ。この例外は、これらの効果が統合による政治的要因に基づく便益であるという私たちの解釈を裏付ける。完全加盟をしなくても、「経済のみ」の統合は、高い人的資本、成長する金融部門、効率的な公共部門のおかげで、首都圏の生産性を高める。これに対して、他の地域は、手厚い補助金や漁業・農業など伝統的なノルウェーの産業の保護を通じて競争から守られていたが、完全加盟していればそれは許されなかっただろう。
岐路に立って
深い統合による純便益は、浅い統合によるものを大幅に上回ることを示す新たな証拠を提示した。ノルウェーはすでにEEAを通じて経済統合の便益を享受しているため、私たちの結果は、政治統合による追加的な便益が相当大きいことを示唆する。これは、便益の大半は経済統合に関係し、費用の大半は統合の政治的側面によるという従来の通念に異を唱える。また、より深い統合が、より効率的な通貨同盟に向けて有効な手段となり得るという考えを、さらに補強する(De Grauwe and Ji 2014)。
この証拠を英国をめぐる問題に照らせば、ブレグジットは英国に大きな損失をもたらす可能性があることが、これらの結果から示唆される。あらゆる経済的損失3 は、政治的要因による便益が相補的に失われることで、さらに拡大する可能性が高い。
私たちの結果は、より広範な欧州プロジェクトにも示唆を与える。より深い統合が利益をもたらすことを示しているのだ。欧州統合は常に、明確に政治的かつ経済的なプロセスであった。ローマ条約に盛り込まれた、自由貿易地域ではなく関税同盟モデルを選択したことは、深い統合へ向かうという合意された方向性を強調している。異なる加盟形態を検討することは、ローマ条約に込められた理念を弱める。私たちの結果は、これらの理念を薄めようとする試みには、道徳的・政治的理由ではなく、経済的理由から抵抗すべきであることを示唆する。「ますます緊密な連合」は、しばしば柔らかく、もっぱら政治的な論拠とみなされ(また、そのような論拠であるとして批判され)てきた。私たちの結果は、「ますます緊密な連合」が深い統合の中核にあることで、実際には力強い経済的論拠を体現していることを示唆する。EUは加盟国に準加盟の可能性を提示すべきだろうか。この潜在的な「空洞化」は、深い統合による便益にどのような影響を与えるのか。こうした問いに関するさらなる研究が急務である。
参考文献
Abadie, A, A Diamond and J Hainmueller (2010)「比較事例研究のための合成コントロール法:カリフォルニア州のたばこ規制プログラムの効果推定」 Journal of American Statistical Association 105(490): 493–505.
Bagehot (2011)「英国、二速欧州について考えを変える」、 The Economist、7月21日。
Baldwin, R and D Jaimovich (2012)「自由貿易協定は伝染するのか?」 Journal of International Economics、88(1): 1–16.
Brou, D and M Ruta (2011)「経済統合、政治統合、それともその両方か?」 Journal of the European Economic Association、9(6): 1143–1167.
Campos, N, F Coricelli and L Moretti (2014)「経済成長と政治統合:欧州連合加盟の便益を推定する」、CEPR Discussion Paper 9968.
Campos, N, F Coricelli and L Moretti (2015)「ノルウェー狂詩曲?地域統合がもたらす政治経済上の便益」、CEPR Discussion Paper 10653.
De Grauwe, P and Y Ji (2014)「ユーロ圏の未来」 Manchester School、82(1): 15-34.
European Council (2014)、「結論」、European Council、2014年6月。
House of Commons (2013)「ノルウェーとEUの関係」、ロンドン:UK House of Commons Library Standard Note SN06522.
Letta, E (2015)「英国を緩やかな車線に移すことで欧州を救える」、 The Guardian、5月15日。
Lichfield and Patterson (2015)「EU国民投票:欧州の政治家が「二速欧州」を支持し、David Cameronに追い風」、 The Independent、6月1日。
Martin, P, T Mayer and M Thoenig (2012)「紛争の地理と地域貿易協定」 American Economic Journal: Macroeconomics、4(4): 1-35.
Sapir, A (2011)「欧州統合の岐路:Bela Balassaの経済統合理論50周年に寄せた論考」 Journal of Economic Literature、49(4): 1200–1229.
Verhofstadt, G (2015)「「完全」加盟国だけのEU」、 Politico、5月6日。
脚注
1 2014年6月の欧州理事会の結論第27項には、次のようにある。「英国はEUの将来の発展に関連するいくつかの懸念を提起した。これらの懸念には対処する必要がある。この文脈において、欧州理事会は、『ますます緊密な連合』という概念は、国ごとに異なる統合の道筋を認め、統合を深めたい国々が先に進むことを可能にすると同時に、さらなる深化を望まない国々の意向も尊重するものであると指摘した」(2014年、12頁)。
2 後者の2人の発言はLichfeld and Patterson (2015)から引用。
3 例えば、国際貿易、外国投資、金融のグローバル化、移住の減少によるもの。
本稿は VoxEUとの協力により掲載されている。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味しない。
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著者:Nauro F. CamposはBrunel Universityの経済学・金融学教授。Fabrizio CoricelliはUniversité Paris 1 Panthéon-SorbonneのParis School of Economicsにおける経済学教授。Luigi MorettiはUniversity of Padovaの経済・経営学部の上級研究員。
画像:2014年8月7日、フランクフルトで銀行の月例記者会見が行われる前、欧州中央銀行(ECB)本部の隣に巨大なユーロのロゴが写っている。REUTERS/Ralph Orlowski。



