所得格差の拡大をめぐる議論には、多くの論点があります。その一つが、政策立案者は格差を縮小するためにどのような広範な戦略を採るべきかという問題です。この議論には二つの考え方があります。第一のグループは、税制や政府のプログラムを通じた所得再分配、経済政策の専門用語でいう「税・移転プログラム」によって、恵まれない人々を支援することが最善の道だと考える人々です。第二のグループは、格差をそもそも引き起こしている根本的な市場の力に対処することこそ最善の道だと考える研究者や論評家で構成されています。一方は再分配を支持し、もう一方は事前分配を支持します。
事前分配は、やや意味の分かりにくい流行語です。そこで、その意味と、私たちが効率性や所得格差の縮小について考えるうえでなぜ重要なのかを、詳しく見てみましょう。
この用語は、イェール大学のジェイコブ・ハッカー教授が 発表した論文 に由来し、米国よりも英国で広く使われるようになりました。簡潔に言えば、このアプローチは、課税後に所得を再分配する政策よりも、所得格差を縮小するために労働市場へより直接的に介入する政策を優先します。所得階層の最下層にいる人々の所得を懸念する政策立案者にとって、事前分配を重視するアプローチは、例えば勤労所得税額控除という形で労働者への政府移転を増やすより、最低賃金の引き上げなどによって賃金を上げることを支持するでしょう。
では、なぜ労働市場に直接介入するほうが、増税してその税収の一部を所得階層の下位にいる労働者へ移転するより望ましいと考えられるのでしょうか。まず、米国では市場所得の分配が、他の先進国よりはるかに 不平等 です。所得分配の不平等を緩和するには、米国の政策立案者は、他の先進国よりも、所得階層の下位にいる人々の税・移転後所得を大幅に引き上げる必要があります。このようなアプローチがどれほど コストのかかるものか については議論がありますが、問題は、格差を縮小する最も効率的な方法がどちらなのか、つまり市場所得を引き上げることなのか、税・移転後の所得を引き上げることなのかという点です。
しばらくの間は、労働市場の仕組みに手を加えるより、再分配のほうがコストが低いという前提がありました。しかし、労働市場は 完全競争ではない という証拠が増えており、そのため、課税・移転前の労働市場政策は従来考えられていたほどコストがかからない可能性があります。最低賃金をめぐる議論は、ここでも好例です。最低賃金を適度に引き上げても失業が増えないのであれば、最低賃金の引き上げによる効率性の低下は、従来考えられていたほど大きくありません。実際、高所得労働者から税収を得て、それを低賃金・中賃金の労働者に移転することによる経済効率性の損失のほうが、コストが大きい可能性があります。
研究者や政策立案者は、再分配と事前分配という各アプローチの相対的な利点を比較検討すべきです。労働市場について新たに形成されつつある コンセンサス を踏まえると、労働者が直接より高い所得を得られるようにする労働市場改革に重点を置くことは、従来考えられていた以上に有力な選択肢となるかもしれません。
本記事は、 ワシントン公平成長センターとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが本記事の見解を支持することを意味するものではありません。
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著者:ニック・バンカーは、ワシントン公平成長センターの政策アナリストです。
画像:香港の旺角地区で道路を渡る人々。REUTERS/Bobby Yip


