インフレと金融のドル化
新興市場におけるドル化への対策として、信頼できる金融政策を提唱する政策担当者は、複数国を対象とした実証研究から幅広い支持を得ている。低く安定したインフレ率の国では、金融のドル化の度合いも低いことを示す証拠が増えている(De Nicolό et al. 2005、Lin and Ye 2013)。低く安定したインフレ率の国では自国通貨がより広く使われる可能性があるものの、ドル化の低さが実際に金融政策によるものなのかは明らかではない。財政政策、金融部門の構造、制度の違いが、金融情勢とドル化の国際比較上の関係を交絡させている可能性がある。
新たなワーキングペーパー(Brown et al. 2015)では、ロシア各地域の消費者物価インフレ率の差を利用し、自国通貨の安定性に対する認識とドル化の関係を検証する。国内の地域別データを用いることで、他の経済政策や制度の異質性に関する懸念を軽減できる。
ロシア全土における地域別インフレとドル化
分析には、2005~2014年のロシア71地域における四半期ごとの地域消費者物価インフレ率データを用いる。これらのデータを、同じく地域別の銀行預金・貸出の通貨構成に関する情報と照合する。ロシア連邦は世界最大級の通貨圏の一つであり、インフレ率とドル化の双方に大きな地域差がある。図1は、2005~2014年のロシア各地域における消費者物価インフレ率の平均を示す「ヒートマップ」である。地域間に大きな差があることは一目瞭然だ。こうした平均値の背後には、時間の経過に伴う大きな変動もある。例えば、2014年第2四半期のクルスク地域の消費者物価インフレ率は、2004年第2四半期より2.3パーセントポイント高かった一方、カムチャツカでは同じ10年間に28.9パーセントポイント低下した。この変動があるため、共通のマクロ経済政策と制度的枠組みのもとで、自国通貨の安定性とドル化の関係を分析するうえで、ロシアは理想的な環境となる。
図1.ロシア全土の地域別インフレ

注:このロシアのヒートマップは、2005年第2四半期から2014年第2四半期までの消費者物価インフレ率の平均を示す。出典:ロシア連邦中央銀行。
では、地域のインフレはどのように地域のドル化に影響するのだろうか。理論上、家計や企業の資産・負債の通貨構成は、実質金利差の予想に加え、インフレ率と実質為替レートの変動性によって決まる(Ize and Levy Yeyati 2003)。この枠組みでは、家計が地域固有のインフレを為替レートの急落が差し迫っていることを示す私的なシグナルと解釈する場合、地域インフレの上昇は外貨預金を増やす。これと同様に、地域で観測されたインフレ率に基づいて金融に関する予想を形成する家計(および企業)では、地域インフレの上昇が外貨建て融資の需要低下につながる可能性がある。
こうした予測に沿って、インフレ率の高い地域では家計の銀行預金のドル化が進むことが、分析結果から示されている。また、地域インフレ率の上昇は、家計および非貿易部門の企業向け銀行融資のドル化の低下とも関連している。これらの結果は、地域で観測される消費者物価インフレ率が、外貨に対する地域通貨の安定性を示す私的なシグナルとして機能し、家計や企業のポートフォリオの通貨構成に影響することを示唆する。
銀行統合の役割
ロシアでは、インフレとドル化に大きな地域差があるだけでなく、地域の銀行部門が国内の他地域とどの程度統合されているかにも大きな差がある。地元で営業する銀行と全国規模で営業する銀行の割合には地域差が大きく、そうした地元銀行と全国規模の銀行が保有する銀行負債の割合にも大きな地域差がある。
地域銀行部門がどれほど「開放的」か「閉鎖的」かによって、インフレとドル化の関係が左右される可能性がある。閉鎖的な地域では、銀行は外部市場を介しても、内部資本市場を通じても、外貨預金を他地域へ容易に配分できない。バランスシート上の通貨ミスマッチを避けたい銀行は、融資の通貨構成を地域内の預金の通貨構成に合わせる必要がある(このようなマッチングの実証的証拠についてはBrown and De Haas 2012、Brown et al. 2014を参照)。インフレが上昇して外貨預金が増えると、こうした銀行は、その外貨預金の増加分を新たな外貨建て融資の形で放出しようとする(その融資需要が同時に実際には減少している場合でも)。これに対して、銀行が地域間で統合されていれば、地域内の外貨資金の供給と需要が一致する必要はなく、企業や家計は通貨ポートフォリオをより柔軟に調整できる可能性がある。
分析結果は、インフレが信用のドル化に及ぼす影響が、地域の金融部門がロシア連邦の他地域と統合されているかどうかに強く左右されることを裏付けている。銀行部門が閉鎖的な地域、つまり銀行の大半が地元銀行で、地元の資金調達に依存する地域では、インフレが外貨建て融資需要に及ぼすマイナスの影響は、外貨預金の供給増加を地域内で仲介しようとする銀行の取り組みによって部分的に相殺される。銀行の資産・負債管理は、統合度の低い銀行市場において、企業や家計の通貨ポートフォリオの選択を制約する。一方、全国規模の銀行や地元資金調達に依存しない銀行が多い地域では、インフレに起因する外貨預金の流入を、より容易に他地域へ配分できるため、地域内で放出する必要性は小さくなる。このように統合された銀行市場では、家計や企業はインフレショックに対応して、資産と負債の双方を調整できる。
結論
国内の証拠は、安定した金融政策があらゆる脱ドル化政策の重要な要素であるとの見方を支持する。マクロ経済政策が一様な大規模通貨圏であるロシア連邦では、インフレ率が高い地域ほど家計預金のドル化が進み、信用のドル化は低い。金融の不安定性(に対する認識)が信用のドル化、ひいては金融安定に及ぼす影響は、銀行部門の統合度に強く左右される。インフレは家計に外貨で貯蓄するよう促す一方、企業や家計が自国通貨で借り入れることにもつながる。そのため、物価の不安定さは銀行のバランスシートに通貨ミスマッチを生じさせる。こうしたミスマッチを避けたい銀行には、二つの対応策がある。第一に、外貨預金を外貨建て融資の形で放出する。第二に、外貨預金を国外、または外貨建て融資の需要がより高い可能性のある他地域の支店へ再配分する。分析結果は、地域間で統合された銀行の方が、地元銀行よりもこの第二の対応策を実行しやすいことを示唆する。したがって、地域間の銀行統合は、銀行のバランスシートに通貨ミスマッチが蓄積するのを防ぐだけでなく、ヘッジされていない借り手への通貨リスクの転嫁も抑え、金融ポートフォリオの通貨構成を再調整できるよう支援する。
本記事は、 VoxEUとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムによる見解の支持を意味するものではありません。
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著者:Martin Brownは、ザンクトガレン大学の銀行論教授。Ralph De Haasは、EBRDの調査担当副理事。Vladimir Sokolowは、モスクワの高等経済学院、国際経済金融カレッジの助教。
画像:米ドル紙幣。REUTERS/Nicky Loh

