物語はこう始まる。ロナルド・レーガンが大統領に就任する前の景気循環のピークだった1979年以来、米国の経済成長は圧倒的に富裕層だけのものとなっている。インフレ調整後の実質賃金、所得、生活水準は、米国の貧困層と中間層の世帯では、せいぜいわずかに上昇したにすぎない。年間の 実質GDP(1人当たり) は2009年価格で2万9,000ドルから5万ドルへと72%増加したが、その成長のほぼすべては、現在、米国の所得分布の最上位層にいる人々のものとなった。
これらはすべて事実だが、重要な留保がいくつかある。その一つは、米国議会予算局(CBO)が昨年発表した 『世帯所得と連邦税の分布』に示されている。米国の世帯の最下位五分位層の税引き後実質所得は、2010年には1979年より49%高く、年平均1.3%のペースで増加した。2010年の中間の三つの五分位層の税引き後所得は40%高く、年平均成長率に換算すると1.1%だった。
確かに、所得分布の81~99パーセンタイルに属する世帯の税引き後所得は64%増え、上位1%では201%増加した。年平均成長率は3.6%で、ほかのどの所得層も大きく上回る。そして、景気回復も富裕層に集中している現在、米国の上位1%の所得は1979年以来、累計で300%近く増えている可能性が高い。
だが、中間五分位層で年1.3%、最下位層で年1.1%という実質所得の増加は、決して取るに足らないものではないのではないか。1人当たりGDPの年平均成長率1.6%との差は小さいのではないか。
そうとも言えるし、そうでないとも言える。楽観主義者(あるいは擁護者)なら、1979年以来、市場所得の不平等が著しく拡大し、所得分布の下位半分の人々の実質所得が絶対額で減少し、税制の累進性も弱まったものの、福祉国家の拡大が不平等の増加を大幅に抑えた、と主張するかもしれない。
しかし、CBOが算出した最下位五分位層の税引き後実質所得の年1.3%の成長率を見ると、そのうち0.9ポイントは、医療費を賄う制度であるメディケア、メディケイド、州児童健康保険プログラムの拡大によるものだ。CBOはこの拡大分すべてを、米国の貧困世帯の税引き後実質所得の増加として計上している。だが、それは米国の貧困層が使えるお金ではないため、下方修正すべきだ。
さらに、こうした支出のうち、制度の受益者がより多くの医療を受ける形で現れるのは半分にすぎない。残り半分は米国の医療費負担制度全体に流れ込み、従来は無償で提供されていた医療を賄う。米国の医療費負担制度は、ほかの国と比べて際立って非効率だ。ほかの OECD加盟国では、 支出1ドル当たりに得られる健康面の成果や医療サービスが、米国の支出2ドル当たりに得られるものを上回る。そのため、米国の公的医療制度の拡大が貧困層の物質的な豊かさに寄与した度合いは、年0.2ポイントにすぎないと見るのが妥当だ。
だからこそ、2010年の 患者保護および医療費負担適正化法 (「オバマケア」)に盛り込まれた個人の医療保険加入義務のような仕組みが必要となる。あるいは、思い切って医療費を賄う単一支払者制度を導入する必要がある。いずれにせよ、米国は膨大な医療費支出から、ほかのOECD加盟国に匹敵する価値を得なければならない。
率直に言えば、政府による医療費負担制度の拡大と不平等の関係について、私は二つの見方の間で揺れている。奇数日には、1979年以来の物質的な豊かさの伸びは、米国の貧困層で年0.5%、富裕層で年4%(超富裕層では年6%)だった、というのが私の結論だ。拡大分の大半は、妥当な意味で米国の貧困層の所得増加に相当するものではなく、米国の医療費負担制度が生み出す価値も比較的小さいからだ。
一方、偶数日には結論が大きく異なる。1979年の米国の貧困層は、健康と医療の面で、標準的なOECD加盟国の社会民主主義国に大きく後れを取っていた。そのため、追加で支出した1ドルが実質的な医療サービスを0.25ドル分しか生み出さなかったとしても、貧困層にとっては物質的な豊かさの観点から、その0.25ドル分に約1ドルの価値があった。
この見方に立てば、米国の医療制度の拡大によって、適切に測定した貧困層の物質的な豊かさは、1979年以来、実質1人当たりGDPにさほど劣らないペースで上昇し続けてきた。しかし、1979年の米国には医療保険の適用範囲と医療費負担に大きな格差があり、所得分布のデータが示す以上に不平等な国だった。
本記事は、以下との協力により掲載されています。 Project Syndicate
著者:J・ブラッドフォード・デロングは経済学教授であり、全米経済研究所の研究員でもある。
画像:2013年1月20日、ワシントンで大統領就任式のパレードルート沿いに掲げられた米国旗。REUTERS/Shannon Stapleton


