40年以上にわたり、アルジェリア南西部の人里離れた砂漠にあるキャンプは、西サハラ戦争の戦闘から逃れた難民の居住地となってきた。
約9万人のサハラウィ難民が、アルジェリアの町ティンドゥフ近郊にある5つのキャンプで、テントや日干しれんが造りの家に暮らしている。これらの住まいは、過酷なサハラの気候からほとんど身を守ってくれない。
夏には気温が50℃まで上がり、冬の夜には氷点下まで下がることもある。砂嵐や周期的に降る大雨は、難民の住まいや暮らしに大きな被害をもたらしている。
2015年10月、豪雨が洪水を引き起こし、住宅1万7,000棟と地域インフラの60%が損壊し、食料配給85,000人分も失われた。
サハラウィ難民の一人が解決策に取り組んでいる。オースルド・キャンプで育ったエンジニアのタテ・レブヒブ・ブレイカは、ペットボトルを使って、自然の猛威に耐えられるよう設計されたサハラウィ難民向けの家を建てており、UNHCRは彼のプロジェクトに投資している。
エネルギー効率の修士号を持つブレイカは、砂とわらを詰めたペットボトル6,000本を使い、祖母のために最初の家を建てた。
砂を詰めたボトルをれんがのように並べれば、倒れない家を建てられることに彼は気づいた。円形の形状は強風を防ぎ、ボトルの壁は厚く頑丈な構造となって激しい雨にも耐える。
主要な構造を建てた後、壁をセメントと石灰岩で覆い、太陽光を反射して室内を涼しく保てるよう白く塗装する。
家は最短で1週間あれば建てられ、費用は約270米ドルで、日干しれんが造りの家の4分の1にあたる。
これまでにブレイカは5つのキャンプで25棟を建設し、UNHCRイノベーション基金の支援を受けている。最初の入居者は、歩行が困難な彼の祖母を含む、最も脆弱な立場にあるとみなされた人々だ。
サハラウィ難民の状況
サハラウィ難民の状況は、世界で最も長期化している難民危機の一つだ。1976年にスペインによる西サハラの植民地統治が終わった後、難民はモロッコとポリサリオ戦線の戦闘から逃れた。
1991年、国連の仲介で停戦が成立したものの、長年にわたる領土紛争は今日も続いている。政治的解決の見通しが立たないなか、ブレイカのペットボトル住宅は、キャンプで暮らす難民の日々の生活環境の改善に役立っている。



