コードの1行は、工場と絵画のどちらに近いのか?

コードの1行は、工場と絵画のどちらに近いのか?
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ボストン大学の経済学者セス・ベンゼル、ローレンス・コトリコフ、ギレルモ・ラガルダと、コロンビア大学のジェフリー・サックスは、興味深い新しい ワーキングペーパーで、労働者の所得にテクノロジーが及ぼす影響を、技能別に示すモデルを提示している。このモデルでは、ハイテク分野の労働者がコードを書き、すでに蓄積されたコードや技術の基盤を土台に新たな技術を開発する。主な発見は、多くの場合、急速な技術進歩が賃金を押し下げ、格差を拡大させるということだ。

これは重要なテーマであり、いささか騒ぎ立てられてもいる。この論文を取り上げた見出しには、「ロボットがあなたの給料を奪いに来る」や「ロボットがあなたの仕事を奪い、経済を破壊する」といったものがあった。しかし、この研究については、いくつもの考え方がある。

コードは一度書けば、(時間とともに多少の調整やアップグレードが必要になるとしても)いつまでも有用だと考えるなら、コードの蓄積は急速に増えるだろう。その蓄積されたコードが将来のコードの代替となるなら、ハイテク分野の労働者への需要は時間とともに減少する。需要の減少は、ハイテク分野の労働者だけでなく、他の労働者の賃金も押し下げるだろう。ハイテク分野の労働者がテクノロジー業界の外にも仕事を求めるためだ。

「 テトリス」を考えてみよう。このビデオゲームは1984年に発売され、今では誰かを雇って再びコードを書いてもらわなくても、いつまでも遊べる(別のプラットフォームに移植する場合は別かもしれない)。ある意味、これは限界効用逓減という経済学入門の話だ。あるものをより多く得るほど、追加分の価値は小さくなる。

しかし、コードをそのように捉えるのが適切だろうか。コードを、減価しないことを除けば工場のような資本財と考えるのではなく、芸術に近いものと見なしたらどうだろう。芸術家たちは何千年にもわたって芸術の蓄積に貢献してきたが、今も新たな芸術を生み出す人々がいる。映画は100年以上にわたって作られてきたが、今なお新作が制作され、大きな収益を上げている。テトリスを書き直す必要がないにもかかわらず、プログラマーは新しいビデオゲームを作り続けている。

「 ロボットが仕事を奪いに来る 」という言説に懐疑的な人は多い。同僚のマーシャル・スタインバウムは今週初め、この言説に対する 示唆に富む反論 を書いた。過去にテクノロジーが大量失業や労働者の窮乏をもたらしたことはない。しかし、技術開発の本質上、発明や進歩は一つひとつ新しいものであり、効率を高めるのではなく、人々に取って代わる技術もあり得る。イノベーションは定義上すべて新しいため、「今回は違う」という主張には一般に当てはまる面があるものの、事前に容易に検証することはできない。結局のところ、進化する技術環境が労働者にもたらす影響は、今後何年にもわたり実りある議論のテーマとなるだろう。

この記事は、 The Washington Center for Equitable Growthとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。

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著者:カーター・C・プライスは、米国の経済政策の定量分析を専門とする上級数学者です。

画像:ノートパソコンを持つ男性に二進コードが投影されている様子を描いたイラスト。ロイター/カツペル・ペンペル。

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