イデオロギーは成長の敵である

A woman walks her child to school past high voltage electrical pylons on the outskirts of Kenya's capital Nairobi, March 14, 2011. A union representing workers at Kenya's sole power supplier started on Monday a strike to protest unfair employment terms, its secretary general said. Kenya power has been involved in a protracted dispute with Kenya Electrical Trade and Allied Workers Union (KETAWU), which claims that more than a third of workers are on casual terms, in violation of the country's labour law. REUTERS/Thomas Mukoya (KENYA - Tags: BUSINESS ENERGY EMPLOYMENT) - GM1E73E1N5L01
Moving forwards: A more open-minded approach is needed to generate sustainable growthImage: REUTERS/Thomas Mukoya
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経済成長を生み出し、持続させる力は、現代を決定づける課題である。

パンデミックや気候変動、テロリスト武装集団、その他の地政学的リスクにも増して、経済成長は、世界経済を覆し、世界の政治秩序を不安定化させかねない長期的課題の解決に最も重要な要素だと言ってよい。

実際、世界経済の成長を堅固で持続可能な、加速する軌道に乗せない限り、今日の世界が抱える一見最も解決困難な課題に対処できない。課題は、医療、教育、環境、経済開発、そして生活水準の向上に及ぶ。

この点で、私たちが直面する重要な問いはこうだ。持続的な経済成長をどう実現するのか。

経済成長は、金融危機からの回復にいまだ苦戦しているImage: IMF

先進国経済は、金融危機の影から抜け出すのにいまだ苦戦している。高水準の債務と財政赤字を抱える一方で、労働力の質と量も変化している。人口の高齢化によって年金と医療費が増えるなか、生産性は低下している。資本、労働、生産性は経済成長を支える三つの主要な原動力だが、いずれも勢いを失いつつある。

世界人口の90%が暮らし、平均して人口の60~70%が25歳未満である開発途上国・新興国では、当面、そして今後も、経済成長率が、一世代で一人当たり所得を倍増させ、貧困を実質的に減らし続けるために必要な7%を下回っている。

経済成長があれば、社会は経済的機会、上昇移動、生活水準の向上という好循環へと動き出す。

成長がなければ、地域社会は縮小し、衰退する。それは経済指標の記録にとどまらず、人々や地域社会の日々の暮らしに、より深く表れる。

成長は一般の人々にとって、きわめて重要である。経済成長が鈍れば、誰もが苦しみ、社会、健康、環境、政治に関する数多くの問題が悪化する。

重要なのは、経済成長の盲目的な追求に異論があるなかで、必要なのは安定した経済成長だと強調することである。しかし過去と同じ方法で成長を追求する必要はない。

資本主義を取り戻す

過去数世紀にわたり、経済成長は何億人もの人々の暮らしを変えてきた。その成功を支えた原動力の大部分は資本主義だった。資本主義とは、生産要素である資本、労働、貿易、産業を国家ではなく民間が所有する経済体制である。

資本主義は、これまでのところ、他のどの経済体制よりも成長(余剰)を拡大し、貧困を減らす優れた方法であることを証明してきた。

それでも資本主義への信頼は薄れている。実績を重ねてきた一方で、より純粋な形の資本主義は汚職を助長し、所得格差の拡大につながるとの懸念が強まっている。つまり、成長の恩恵は大多数を犠牲にして、少数の人々に集まると見られている。

もちろん、実際の資本主義の定義ははるかに複雑である。私たちが直面する課題は、資本主義をどう改善し、その優れた部分を生かして、より多くの人々に経済的機会をもたらす道へ世界経済を戻し、今日の社会を苦しめる深刻な社会問題に対処するかということだ。

左派と右派を超えて

経済成長を生み出し、こうした問題に対処するための資本主義の新たな取り組みは、より革新的で教条主義にとらわれない政策の道筋に基づき、単純化された左派・右派の政策スペクトラムの境界を曖昧にする必要がある。

「右派寄り」の観点からは、報酬制度や個人の説明責任といった市場資本主義の原則を、社会保障プログラムに組み込むことが考えられる。

条件付き給付はその一例だ。望ましい行動をとった個人に金銭的なボーナスや報奨を与える制度である。つまり政府が、人々に社会全体の利益となる行動を促すために支払いを行う。たとえば、子どもを学校に通わせることや、家族が予防接種を受けられるようにすることだ。

多くの人がそもそも当然すべきだと考える行動に社会が報奨を与えるべきかという議論はさておき、条件付き給付は「成果に応じた報酬」という「右派寄り」の理念を反映している。この制度はメキシコ、ブラジル、さらにはニューヨークでも、すでに顕著な成果を上げている。

メキシコは「成果に応じた報酬」制度を試験導入してきたImage: REUTERS/Daniel Aguilar

より「左派寄り」の考え方も、公共部門と民間部門の役割や責任の境界をますます曖昧にしている。こうした提案は政府の役割を広げ、経済における生産要素の調整者・配分者として国家がより大きな役割を担うことを目指す。つまり、資本と労働を配分し、この責任を民間部門だけに委ねないということだ。

一方、企業の社会的責任(CSR)プログラムのように、社会課題への取り組みで企業の役割を広げる民間部門の動きもある。この場合、民間企業の使命は、投資する株主への利益を最大化するだけにとどまらない。賃金の公平性や環境問題などの社会課題に十分配慮しながら、株主への利益を最大化することが求められる。つまり、民間企業自身が良き市民となる責任が、より大きくなる。

19世紀の米国のインフラ整備や、より近年のインターネット開発に見られる官民連携は、境界を曖昧にすることで何が可能になるかを示す一例にすぎない。

根強いイデオロギーを捨てるとは、市場資本主義の枠内だけで経済や公共政策を理解することを超えるべきだという意味である。

実際、経済成長を追求するうえで、よりオープンな姿勢を持ち、イデオロギーにとらわれないことは、中国のような明らかに非民主的で国家資本主義を採る国々が用いてきた長期的な取り組みの一部を検討することを意味する。何しろ、そうした国々の政策枠組みと経済的アプローチは、数十年のうちに目覚ましい経済成長をもたらし、何億人もの人々を貧困から救い出した。

要するに、世界の社会課題に対処し、最終的に人類の進歩を促す経済成長を実現する力は、イデオロギーが成長の敵であるという事実を認識できるかどうかに大きくかかっている。

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