2015年4月15日と16日、IMFは「マクロ経済政策の再考」と題する第3回会議を開催した。当初、私はタイトルとサブタイトルを「マクロ経済政策の再考III:現場の最前線で」とすることを選んだ。1 2011年の第1回会議では従来の政策の主な欠陥が明らかになり、2013年の第2回会議では大まかな方向性が示され、今回の会議は進捗報告になると考えていた。
私のサブタイトルは、共同主催者の一人、ラリー・サマーズに却下された。彼は、私が楽観的すぎる、私たちはどこへ向かっているのかを知るにはほど遠いと主張した。ラリーと議論するのは大変なので、私は不可知論的なタイトルを選び、「マクロ政策の再考III:進展か、混乱か?」へと変更した。
今日、私たちはどこにいると私は考えているのだろうか。ラリーも私も正しいと思う。外交的な理由からそう言うのではない。確かに私たちは現場の最前線で前進している。しかし、その最前線が最終的にどこへ向かうのかは、依然として明らかでない。これが、マクロプルーデンス政策の手段、金融政策、財政政策に焦点を当てて、私が論じたいテーマである。
マクロプルーデンス政策
まず、マクロプルーデンス政策の手段から始めよう。何よりも、危機によって、それらが基本的なマクロ経済政策のツールキットの一部でなければならないと、私たちの大半が確信した。研究面でも政策面でも、大きな進展があった。想定される政策手段を念頭に、システミックリスクの測定方法が開発されている。米国金融調査局による最近の調査では、システミックリスクの特定の側面を把握するための31の手法が確認されており、間違いなくほかにも多くある。多くの国でマクロプルーデンス当局が設置された。英国のように中央銀行内に置かれる場合もあれば、米国のように中央銀行が参加する形でその外部に置かれる場合もある。住宅需要や価格に影響を与えるため、融資額対担保価値比率などの手段を試す国も増えている。
しかし、この最前線はどこへ向かっているのだろうか。たとえば、将来の金融システムがどの程度、機関・銀行中心になるのか、それとも市場中心になるのか、私たちには分からない。確かに、たとえばハイテク部門にも同じ不確実性があるが、私たちは心配せず、ただ観察し、行く末を見守る。しかし、金融は違う。金融システムがどのようなものになるかは規制に大きく左右されるため、政策立案者は単なる傍観者ではいられない。そして、どのような規制が望ましいのか、私たちには確かな見通しがない。
金融規制とマクロプルーデンス政策の違いを考えてみよう。ここでは、 ポール・タッカーの発表から借りて、後者を「動的に調整される金融規制」と定義する。
たとえば、自己資本比率を考えてみよう。原則として、変動する自己資本比率(マクロプルーデンス政策)のほうが、固定比率(金融規制)より優れているように思える。しかし、そのトレードオフは本当にそれほど明確なのだろうか。比率をいつ、どのように変更するかを特定する難しさや、変更に伴う政治経済上の複雑さを考えると、答えは決して明白ではない。
先進国で1970年以降に発生した銀行危機を調べたIMFチームの研究の暫定的な結論によると、自己資本比率が15%(バーゼルIIIで示されている水準より少し高い)であれば、その90%は回避できたという。たとえば10%から20%の間で変動する比率より、一定の15%のほうがよいのかもしれない。
国境を越える資本フローについても、ほぼ同じ問題が生じる。さまざまな種類の資本フローの効果や、各種の資本規制および外国為替介入の有効性を再検討する研究が進んでいる。 資本フローに関するセッションの登壇者から聞いたように、資本フローは混乱を引き起こし得ること、また外国為替介入や資本規制を用いるのが妥当な場合があることについては、かなり広い合意がある。しかし、究極の問い、すなわち資本勘定をどの程度開放すべきかは、依然として答えが出ていない。実際に可能だとして、恒久的に禁止すべき資本フローはあるのだろうか。私たちには分からない。
金融政策
次に金融政策に移ろう。中央銀行が実験し、研究者が検証してきた――多くの場合、中央銀行の実験が先だった。私たちは多くのことを学んだ。ゼロ金利下限(ZLB)に達する可能性があり、そこから抜け出すのは難しいこと、金融資産は実際に完全代替ではないこと、量的緩和(QE)がタームプレミアムに影響を与え得ること、そして銀行取り付けはノンバンクでも起きることなどである。現場の最前線では多くの取り組みが行われ、現在も続いている。しかし、ここでも、その最前線がどこへ通じるのかは明らかでない。
関連する二つの論点、すなわち中央銀行のバランスシートの規模と構成を取り上げよう。(私のお気に入りの論点の一つ――将来、ZLBをどう回避するか、そして最適なインフレ率は何か――は省く。ここでは大きな進展はないが、この問題が消えたとは思わない。また、金融政策とマクロプルーデンス政策の手段をどう調整するかという中心的な問題も扱わない。)
FRBに焦点を当てるが、議論はほかの中央銀行にも同様に当てはまる。現在、FRBのバランスシートは約4.5兆ドルで、危機前の2007年と比べておよそ5倍の規模だ。総額の約25%を占めていた財務省短期証券(T-bill)は、バランスシートから姿を消した。FRBが保有する米国債のほぼすべてが満期まで1年を超え、その半分以上は満期まで5年を超える。現在の状況を踏まえると、将来のバランスシートはどのような姿であるべきなのだろうか。
当面、この問題はほとんど意味をなさない。必要な調整の方向は明らかであり、バランスシートが望ましい水準に調整されるまでには長い時間がかかるだろう。しかし、危機前の規模に戻すべきなのか、それとも取引目的の通貨需要が着実に減少していることを踏まえ、さらに縮小すべきなのか。あるいは、銀行が保有しなければならない超過準備に利息を支払い、より大きな規模を維持すべきなのか。中央銀行のバランスシートを大きくする論拠は見当たらないが、この議論はまだ行われていない。
FRBは利回り曲線の短期部分だけで介入する形に戻るべきなのか、それとも曲線全体で介入を続ける正当な理由があるのだろうか。言い換えれば、短期金利と、満期の長い債券のタームプレミアムの両方に影響を与える利点は何か。FRBがT-billを保有することで、民間部門から貴重な担保を奪っているという議論は、どれほど確かなのか。私はこれらの問いへの答えを知らないが、最終的にどこを目指すかを決めるうえで、いずれも中心的な問いである。
財政政策
第3の柱である財政政策について、手短に論じよう。私たちは多くのことを学んだ。財政刺激策は役立ち得る。景気が急落すると公的債務は急速に増加し得るが、明示的または暗黙的な偶発債務が実際の債務になれば、その増加はさらに大きくなる。財政再建の効果をめぐっては、乗数効果や、債務の持続可能性に対する懸念の軽減を通じた信頼感の効果によって、財政再建の直接的な影響が部分的に相殺されるかどうか、またいつそうなるかについて、研究が一気に増えた。(私が期待していた分野、すなわち自動安定化装置の設計改善については、驚くほど研究も実行も少ない。今春の『財政モニター』(IMF 2015)で検討されているが、これまでのところ実際の政策変更はない。)
確かに、当面は目視による航行で十分かもしれない。長期的にどの債務比率を目指すべきかという問題は、今日の債務比率が高すぎるという見方に大きな合意があり、いずれにせよ調整には時間がかかる状況では、本質的な問題ではない――ただし、この点についてさえ、ブラッド・デロングは現在の債務比率はおそらく低すぎると挑発的に主張している。(長期停滞をめぐる議論や、rが無期限にgを下回るとの想定のもとで行動できるかどうかについては、ここでは論じない。)
しかし、各国にとって適切な目標をどう評価すればよいのだろうか。この課題はまだ解決されていない。債務対GDP比に魔法の数字はないことが明らかになった。将来の成長率と金利の分布、明示的および暗黙的な偶発債務の規模によっては、ある国の高い債務は持続可能である一方、別の国の低い債務は持続可能でないことも十分あり得る。概念的にも分析的にも、適切な手法は確率的な債務持続可能性分析である(IMFではプログラムを設計する際にすでに用いている)。これを分かりやすく理解しやすい目標に落とし込む作業は、まだ残されている。
要するに、最前線を切り開いている最中ではあるものの、最終的にどこへたどり着くのか、私たちにはまだよく分かっていない。2年後にもう一度会議を開く必要があるのは明らかだ。
参考文献
IMF(2015)「今こそその時:持続可能な成長のための財政政策」、 財政モニター、4月。
注
[1] パネル討論会の動画は、こちらで視聴できる。 http://www.imf.org/external/mmedia/view.aspx?vid=4177815578001。
本記事は、 Vox EUとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが本記事の見解を支持することを意味するものではありません。
Forum:Agendaの最新情報を受け取るには、 週刊ニュースレターに登録してください。
著者:オリヴィエ・ブランシャールは、IMFのチーフエコノミスト(経済顧問兼調査局長)であり、MITのロバート・ソロー名誉経済学教授である。
画像:シンガポールの中心業務地区で建物の前を歩く男性。REUTERS/Nicky Loh。

