ラテンアメリカにおける不平等の歴史

ラテンアメリカにおける不平等の歴史
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ラテンアメリカの所得格差と富の格差は、アジアや大半の先進工業国よりも大きい。この状況は、同地域がポルトガルとスペインの支配下にあった歴史の中で形成された要因によるものだと、多くの経済学者は考えている。

「 ラテンアメリカの不平等:植民地時代の起源、商品ブーム、それとも20世紀の平準化の失敗か?(NBERワーキングペーパー第 20915号)、 ジェフリー・ウィリアムソン は、自身が「歴史的な持続性に関するこの悲観的な見方」と呼ぶものに異議を唱える。ウィリアムソンは、ラテンアメリカで不平等が際立つようになったのは過去1世紀のことにすぎないと指摘する。多くの分析者は、ずっと以前からそうだったと誤って思い込んでいる。それ以前の同地域の不平等の水準は、アジア、西ヨーロッパ、米国と同程度か、それより低かった。

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この研究は、ウィリアムソンがブランコ・ミラノヴィッチ、ピーター・リンダートと行った先行研究を基盤としている。同研究では、2千年にわたる経済・人口統計情報から「古代の不平等データベース」を構築した。データはラテンアメリカの4地域を含む29か所から収集された。このデータベースにより、ジニ係数の推定が可能になる。ジニ係数は0から1の尺度で不平等を測定し、0は完全な平等、1は社会全体の所得が最も所得の高い個人に帰属する状態を表す。

ウィリアムソンは、植民地化前のラテンアメリカは「植民地化を免れた、サンプル内の他の貧しい産業化以前の社会と同じく、控えめな水準の不平等にとどまっていた」と記す。植民地化直後、ジニ係数は0.23から0.35へ上昇したが、その後は横ばいとなった。ヨーロッパから持ち込まれた疫病は当初、先住民人口を壊滅させ、労働力を減少させた。しかし植民地時代後期には、人口が回復し、アフリカから連れてこられた奴隷が加わるにつれて、不平等は再び拡大した。推計によると、ジニ係数は1790年ごろに0.58でピークに達した。その後、独立戦争とそれに続く政治的不安定によってラテンアメリカ経済が打撃を受け、不平等は低下した。ウィリアムソンによると、産業化以前のラテンアメリカ(1870年以前)の不平等は、産業化以前の北西ヨーロッパ(1800年以前)や、初期の産業化期にあった米国(1860年)より低かった。

1870年までに、ラテンアメリカの不平等は米国や西ヨーロッパを上回らなくなっていた。

しかし1870年以降、商品輸出の急増に伴い、ラテンアメリカでは不平等が急速に拡大した。地域の農地や鉱物資源の多くを所有するエリート層がその恩恵を受けた。ウィリアムソンは、「第一次世界大戦までにラテンアメリカは富裕国の不平等クラブに加わっていた」が、「世界で最も不平等な地域になっていたわけでは決してない」と記す。

ラテンアメリカを特徴づけるのは、米国を含む世界の多くの地域で不平等が急激に低下した一方、同地域では1920年代から1970年代にかけて経済的不平等が上昇し続けたことだ。なぜそうなったのかは、植民地時代の遺産と同じくらい、あるいはそれ以上に注目されるべきだとウィリアムソンは記す。

本記事は、 全米経済研究所(NBER) との協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味しません。

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著者:スティーブ・マースは、全米経済研究所の寄稿ライターです。

画像:通りを歩く女性。ロイター/エリセオ・フェルナンデス。

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