医療、教育、非政府組織などの脆弱な分野がサイバー攻撃の標的になるケースが増えている。こうした分野では、限られたリソースと重要性の高いサービスのため、業務の妨害が特に深刻な影響をもたらす。
脅威が高度化するなか、資金、スキル、セキュリティツールへのアクセスの格差によって多くの組織が危険にさらされ、サイバー格差が拡大している。
レジリエンス格差を埋めるには、AIを活用したツール、能力構築、分野横断的な連携を組み合わせ、重要なサービスを守るための協調行動が必要だ。
2025年6月、2つの病院に対するサイバー攻撃がデリー北部でデジタル患者記録へのアクセスを大きく妨げた。職員は事案の発生中もサービスを維持するため、患者ケアに手作業のシステムを導入した。
同年9月、ランサムウェア攻撃により英国を拠点とする幼児教育事業者キドー・インターナショナルから、氏名や写真を含む約8,000人の子どもと職員の機微データが流出した。
いずれの侵害も国のサイバーセキュリティ警告につながり、実行犯の逮捕に至った。これは、サイバー攻撃が脆弱なコミュニティにもたらす現実のリスクを浮き彫りにしている。
世界経済フォーラムの「グローバル・サイバーセキュリティ・アウトルック2025」はサイバー空間の複雑化がサイバー格差を悪化させ、分野間の隔たりを広げていると指摘した。
最新の報告書「グローバル・サイバーセキュリティ・アウトルック2026」は、格差が拡大し続けていることを示した。サイバーセキュリティの専門知識の不足は、サイバー格差を生む第2位の課題となっており、非政府組織(NGO)の51%がリソース不足を報告した。
医療、教育、NGOなど、サイバー面で脆弱な分野がますます攻撃の標的となっている。攻撃者は、こうした分野では業務停止が許されないことを知り、緊急性や道義的な圧力につけ込む。基礎的なサイバーセキュリティとレジリエンスを築くための資金、技術、組織的な能力が不足しているため、ランサムウェア、フィッシング、データ恐喝が横行している。
こうしたサイバー攻撃の影響は、情報技術(IT)システムにとどまらない。攻撃は重要なサービスを妨害し、公共の安全を損ない、信頼をむしばむ。デジタル化が進む一方で、こうした分野ではサイバーセキュリティのリソースと人員が不足したままであり、格差は深まり、脅威は拡大している。
では、サイバー格差が拡大するなか、脆弱な分野はどのようにサイバーセキュリティとレジリエンスを築けるのだろうか。
医療分野のサイバーセキュリティ
2024年、米連邦捜査局(FBI)は、医療分野でのサイバー事案の総数が他のどの重要インフラ分野よりも多かったと報告した。ポネモンの医療サイバーセキュリティ報告書によると、2025年には医療機関の92%が少なくとも1件のサイバー攻撃を受けた。また、医療データ侵害の世界平均コストは742万ドルに達した(2025年)。
医療分野では、生命維持装置、患者記録、医療機器などの重要なサービスにデジタルシステムを利用しており、サイバー攻撃の侵入口が数多く存在する。
多くの機器が安全性を確保せずにインターネットへ接続されており、遠隔から侵害されるおそれがある。
最近の業界分析では、医療機関全体で医療モノのインターネット(IoMT)機器が225万台を超え、そのうち96%の機関が画像診断システム、監視機器、手術器具、病院情報システムなど、既知の悪用済み脆弱性を抱える機器を保有していたことが定量化された。
サイバーセキュリティの専門知識不足に対応するため、医療機関に無償の防御支援を提供する取り組みもある。GoogleのMandiantは「Google Rural Health Initiative」の一環として、米国の対象となる地方病院にインシデント対応の待機契約を無償で提供している。
同様に、CyberPeace InstituteのCyber4Healthcareプログラムは、世界各地の病院に無償でインシデント対応、復旧支援、脅威分析を提供し、最もリスクが高く、リソースが最も限られた病院を優先している。
Berkeley Research Group関連のクリニックや大学医療センターは、研究、臨床分野の連携、ベストプラクティスの導入を通じて、ネットワーク接続された医療機器と患者データを守るサイバーセキュリティを推進している。
人工知能(AI)を活用した異常検知は、不審なアクセス、データ流出の可能性、安全でないシステム設定を早期に特定し、小さな問題が深刻なセキュリティ事案に発展するのを防ぐ助けとなる。
教育分野のサイバーセキュリティ
教育分野では、学校や大学のデジタル環境がオープンで、IT構造も旧式かつ分散型であることが多い。人員や予算が限られたサイバーセキュリティチームは、サイバー意識にばらつきがある絶えず変化する利用者層の膨大な機微データを管理し、クラウドプラットフォームや私物端末の業務利用(BYOD)にも依存している。その結果、攻撃対象領域が大幅に広がっている。
業務が妨害されれば授業が中断し、試験が遅れ、組織の評判も損なわれる。教育機関はランサムウェアやデータ窃取の格好の標的となり、攻撃者は防御の弱さと業務復旧を急ぐ状況につけ込む。
脅威アクターが使う手口の一つは、QRコードを埋め込むことだ。メール、学資援助の申請書、その他の公式な連絡にコードを仕込み、偽装したフィッシングの手段として使う。
レジリエンスを築くため、学校や大学のセキュリティチームはAIを活用してリソース不足を補い、デジタル学習環境、学生データシステム、接続機器を大規模かつ継続的に監視している。
オレゴン州立大学は、深刻なサイバーセキュリティ事案に2021年に直面した後、独自の教育用セキュリティオペレーションセンターを設立した。同センターはAIツールで機能を自動化し、学生アナリストを迅速に受け入れ、監視範囲を拡大し、インシデント対応を強化している。
この事例は、AIが限られたサイバーセキュリティ能力を増強すると同時に、将来の人材に必要なスキルを育成できることを示している。
マイクロソフトも役割別のサイバーセキュリティ研修を開始した。対象は学校の管理職、教育者、学生、保護者、IT専門家だ。この取り組みは米国サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁の提言に沿っており、教育コミュニティがエコシステム全体で意識を高め、脅威から身を守るのに役立つ。
サイバーハイジーンも、脆弱な分野や人々を守るうえで重要な役割を果たす。高齢者はオンライン詐欺、フィッシング、なりすまし、金融詐欺のリスクに不釣り合いなほど多くさらされており、対象を絞った教育の取り組みがデジタルへの自信とレジリエンスを大きく高める可能性がある。
「昔と今:オンラインで安全に過ごす」ワークブックは、全米サイバーセキュリティ同盟が開発した実用的で個々に合わせたプログラムであり、高齢者がオンラインの脅威を見分け、自分自身を守れるよう支援する。
NGOのサイバーセキュリティ
NGOは、機微な個人情報、財務データ、業務データを大量に扱いながら、リスクが高く政治的に機微な環境で活動することが多い。サイバーセキュリティ予算の制約、サードパーティー製ツールへの依存、広範に分散したネットワークにより、サイバー犯罪者や国家とつながりのある攻撃者にとって魅力的な標的となっている。
攻撃が成功すれば、受益者や職員が安全、プライバシー、業務に関する深刻なリスクにさらされ、人道支援活動が妨げられ、重要なサービスへの信頼が損なわれるおそれがある。
専門知識、技術、リソースを共有し、このサイバーセキュリティ格差を埋めようとする取り組みのエコシステムが拡大している。NetHopeは、共通のサイバーセキュリティサービス、脅威インテリジェンス、能力構築を通じて人道支援・開発組織を支援し、リスクの高い状況下で機微な受益者データを守る手助けをしている。
CyberPeace Instituteの人道サイバーセキュリティセンターは、NGOや公的機関に無償でインシデント対応、フォレンジック分析、復旧支援を提供する。これにより、業務の迅速な再開を可能にするとともに、教訓を生かして長期的なサイバーセキュリティとレジリエンスを強化する。
民間部門との連携も貢献している。例えば、レノボのAI for Social Impact Labは、非営利団体Tech To The Rescueとともに立ち上げられ、選定されたNGOにAIツール、研修、専門家の助言を提供して、デジタル能力、イノベーション、業務のレジリエンス構築を支援する。
これらの取り組みを補完するNGO情報共有・分析センターは、非営利団体が脅威情報を共有し、ニーズに応じたリソースにアクセスし、サイバー防御を共に改善できる信頼性の高い同業者コミュニティを提供している。
効果的なサイバーセキュリティには協調行動が欠かせない
脆弱な分野のサイバーセキュリティとレジリエンスを強化するには、技術だけにとどまらない協調行動が必要だ。医療、教育、市民社会では、資金、スキル、能力の不足が続いている。重要なサービスを守るため、人、プロセス、技術を連携させる統合的な取り組みが求められる。
こうした状況で、AIはサイバーセキュリティを可能にする重要な役割を果たしうる。予防、検知、対応、人材育成に責任を持って適用すれば、過重な負担を抱えるチームが能力を拡大し、変化する脅威に対応する助けとなる。
しかし、サイバー格差が広がるなか、リソースの乏しい多くの組織は必要なツール、人材、共有サービスを依然として利用できていない。
この格差を埋めるには、政府、テクノロジー提供者、大規模組織、市民社会が共通の決意を持ち、サイバーセキュリティを公共の基盤となる財として扱い、AIを活用した防御の恩恵が最も脆弱な分野に届くようにする必要がある。
世界経済フォーラムの「AIとサイバー:防御者の力を高める」取り組みについて、さらに読む。
