サイバーセキュリティは、かつてない複雑さを伴う時代に入った。
国家安全保障の中心にサイバーセキュリティを据えるには、イノベーションに加え、分野や国を越えた協力が求められる。
サイバーセキュリティを国家安全保障戦略と制度的ガバナンスに組み込む国は、デジタル時代に最も繁栄できる立場に立つ。
サイバーセキュリティをIT部門だけの責務とする時代は終わった。
今日の高度につながった世界では、サイバーセキュリティはレジリエンス、経済の安定、主権、国家安全保障を支える中核的な柱となっている。ますます巧妙化する攻撃の増加と地政学的緊張の高まりを受け、戦略の根本的な転換が求められている。サイバーセキュリティを、国家防衛と世界の安定の双方に欠かせない要素として扱わなければならない。
現代の脅威を取り巻く状況
サイバー攻撃がもたらす脅威は複雑で、刻々と変化している。とりわけ生成AI(GenAI)などの技術は目まぐるしい速さで進歩し、防御能力を高めるだけでなく、脅威をもたらす主体に、攻撃を自動化し大規模化するための高度なツールを与えている。GenAIによって悪意ある主体は、偽情報をさらに速く拡散し、標的に合わせたフィッシングやディープフェイクのキャンペーンを展開し、従来の防御をすり抜ける適応型マルウェアを設計できる。
一方、防御側には、規制要件の増加、脆弱なサプライチェーン、根強いスキル不足という圧力が重なっている。世界のサイバーセキュリティ人材は280万~480万人不足し、組織の70%が、人材不足によってリスクへの露出が高まっていると報告している。
地政学的な情勢は、こうした課題をさらに深刻化させている。国家が支援する活動によって、スパイ活動、破壊工作、ハイブリッド戦争の境界は曖昧になった。ウクライナやその他の地域では、重要インフラや脆弱な情報システムがサイバー攻撃の直接の標的となり、不可欠なサービスの妨害や物理的な被害が引き起こされている。これは、サイバー作戦が今や物理的な被害をもたらし、国家機関への信頼を損ない、国家安全保障を不安定化させ得ることを示している。
脅威にさらされる重要インフラ
活発な紛争地域以外でも、ここ数カ月だけを見ても、サイバー攻撃がいかに大きな混乱をもたらすようになったかが分かる。重要インフラの運用だけでなく、公共の安全も脅かされている。最近の事案は、サイバー攻撃が不可欠なサービスや経済にどれほどの混乱を招くかを改めて示した。ランサムウェア攻撃やサービス拒否(DoS)攻撃の相次ぐ発生により、複数の大陸で病院、空港、公共事業が機能不全に陥り、一時的な閉鎖や航空便の欠航、救急医療の遅れを余儀なくされた。こうした事態は、輸送、医療からエネルギー、金融まで、あらゆるものを支えるシステムの脆弱さを浮き彫りにしている。
特に懸念が大きい分野の一つが医療だ。世界保健機関(WHO)は7月、サイバー攻撃を含む技術の進歩によって「生物学的脅威を取り巻く状況が再定義された」と警告した。具体的には、サイバー攻撃により、機密データや研究へのアクセス、研究所のセキュリティシステムの弱体化、さらには窃盗、破壊工作、スパイ活動を通じて、バイオセキュリティが損なわれるおそれがある。
高まる懸念が大胆な対応を促す
デジタルリスクが経済や社会に波及するなか、最高情報セキュリティ責任者(CISO)の懸念は強まっている。「2025年グローバル・サイバーセキュリティ展望」によると、リーダーの72%が過去1年間にサイバーリスクが高まったと述べ、約60%が地政学的緊張は自組織のサイバーセキュリティ戦略に直接影響すると報告している。さらに、CEOの3人に1人がサイバースパイ活動と機密情報の喪失または知的財産の窃取を最大の懸念として挙げ、別の45%は業務やプロセスの中断を懸念している。
明るい材料は、GenAIが諸刃の剣であることだ。悪意ある主体がすでにその利点を利用している一方で、防御側も強力なツールを得ている。異常をリアルタイムで検知し、対応を自動化し、複雑な攻撃シナリオをモデル化してレジリエンスを強化できる。しかし、その恩恵は均等には行き渡っていない。大企業や先進国はAIを活用した防御に投資できる一方、中小規模の組織や多くの公共部門機関は、旧式のシステムや限られた人材に制約されている。この不均衡は、世界のサイバーセキュリティへの備えの格差を広げるおそれがある。
この格差を埋めるため、野心的な措置を講じている国もある。アラブ首長国連邦(UAE)は注目すべき手本を示している。特に、レジリエンスには技術面だけでなく社会全体での対応も必要であり、あらゆるレベルでの認識と関与が求められると認識している。
2025年初頭、UAEはガバナンス、防御、イノベーション、人材育成、パートナーシップを柱とする「国家サイバーセキュリティ戦略2025-2031」を発表した。さらにUAEサイバーセキュリティ評議会は、タワーズン評議会およびロッキード・マーティンとともに、現地の専門知識を高め、世界のベストプラクティスに沿うことを目指すサイバーセキュリティ・センター・オブ・エクセレンスを設立している。同国は「官民・市民」モデルも先駆けて進めており、学校のカリキュラムにサイバーセキュリティを取り入れ、全国規模のサイバー訓練を実施し、政府と産業界の連携を強化している。
国家ガバナンスにサイバーセキュリティを組み込む
サイバーセキュリティを国家安全保障として捉え直すには、言葉を変えるだけでは足りない。ガバナンス、政策、投資を根本から見直す必要がある。具体的には、重要分野全体で取締役会レベルのサイバーリスク監督を組み込み、インフラ、人材、イノベーションへの長期投資を支える使途を限定した予算を確保し、準備状況やシステム間の相互依存関係を評価するため、全国規模のレッドチーム演習やストレステストを実施することが求められる。
また、局地的な事案が世界的な混乱へと拡大するのを防ぐには、国境を越えた情報共有と危機対応の連携を一層深める必要がある。これらの措置は一体となって、各国の安全保障への取り組みに必要な進化を示している。それは、デジタルレジリエンスが経済力や地政学的安定と切り離せないことを認識する進化である。
協力が急務
サイバーセキュリティは、従来の防御だけではもはや不十分な、かつてない複雑さを伴う時代に入った。集団防衛は万能薬ではないが、攻撃の影響を抑え、世界の安定を強化できる。国家安全保障の中心にサイバーセキュリティを据えるには、イノベーションに加え、分野や国を越えた協力が求められる。
世界経済フォーラムはサイバーセキュリティ・センターを通じて、信頼の強化と実行可能な枠組みの策定に向け、官民のリーダーを結集している。同フォーラムの「サイバー犯罪対策パートナーシップ」は40を超える組織をつなぎ、情報を共有して世界のサイバー犯罪ネットワークを撹乱している。一方、共同の情報分析プラットフォームである「サイバー犯罪アトラス」は、すでに何千件ものサイバー犯罪活動をマッピングし、法執行機関や産業界のパートナーによる犯罪インフラの解体を支援している。
安全な未来に向けた共通の責任
サイバー空間は今や、国家防衛の最前線であり、地政学的競争を左右する舞台となっている。サイバーセキュリティを国家安全保障として認識することは、受動的な防御から戦略的なレジリエンスへと、考え方を転換することを求める。
サイバーセキュリティを国家安全保障戦略、制度的ガバナンス、国際外交に組み込む国は、デジタル時代に最も繁栄できる立場に立つ。世界の人々が「2025年サイバーセキュリティ年次総会」に集うなか、明らかなメッセージがある。地政学的安定とデジタルレジリエンスは切り離せず、協力こそが最も強力な防御である。

