コミック界初の女性スーパーヒーローを生み出した先駆的アーティスト、ターペー・ミルズ

Fans of superhero movies, comic books and pop culture arrive in costume for opening day of the annual Comic-Con International in San Diego, California, United States July 21, 2016. REUTERS/Mike Blake - D1BETQWZSLAD
Miss Fury was highly successful, running for ten years.Image: REUTERS/Mike Blake
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1941年4月、スーパーマンがマンハッタンの空から颯爽と現れてからほんの数年後、当初はブラック・フューリーとして知られたミス・フューリーが、印刷媒体に登場する初の主要な女性スーパーヒーローとなった。チャールズ・モールトン・マースデンのワンダーウーマンより、6カ月以上早く誌面に登場した。さらに重要なのは、ミス・フューリーが女性によって脚本と作画の両方を手がけられた初の女性スーパーヒーローだったことだ。ターペー・ミルズ。

本名をジューンというミス・フューリーの生みの親は、ヒロインと同じく、荒々しい機知に富んでいた。黄金時代の他の女性アーティストと同様、ミルズは性別を隠してコミック界で名を上げざるを得なかった。後にニューヨーク・ポスト紙にこう語っている。「あれほど男らしくてすごいキャラクターの作者が女性だと子どもたちに知られたら、ひどくがっかりさせてしまうでしょう」

ところが、この先駆的なイラストレーターは、第二次世界大戦後の型破りな女性像への反発と、1950年代の検閲強化の風潮のなかでコミック界から締め出され、今に至るまで、コミック界の偉人たちの殿堂からほぼ排除されてきた。

Image: 著者提供

当時も現在も、コミックには、男性ヒーローに救われるためだけに存在するかのような、頼りない女性キャラクターがよく登場する。さらに悪い場合は「冷蔵庫に入れられる」。これは、未発達な女性キャラクターを残虐に殺すことでヒーローの動機を強め、旅立ちを促すことを指す、現代のコミック業界の俗語だ。

しかしミルズは、コミックには別種の女性キャラクターの居場所があると考えていた。能力があり、冷静で、有能な人物だ。手強く複雑な人物像に、ミルズ自身のきわどい振る舞いへの好みやオートクチュールのドレスへの愛着を織り交ぜていた。

ワンダーウーマンの力が「驚異的」なもの、つまり現実には存在せず、手に入れることもできないものなのに対し、ミス・フューリーとその分身マラ・ドレイクは、知恵と機知を結集し、ときには顔面にスティレットヒールをお見舞いして、悪党を裁きにかける。

そして、しばらくの間、彼女たちは大成功を収めた。

ミス・フューリーは丸10年にわたって連載され、1941年4月から1951年12月まで、戦時中の人気絶頂期には100紙の新聞に配信され、タイムリー(現マーベル)・コミックスが刊行した再版は1号あたり100万部を売り上げた。

パイロットたちは、機体にミス・フューリーを描いた爆撃機を操縦した。少女たちは、彼女の豪華なハイファッションの衣装をそろえた紙製の着せ替え人形で遊んだ。

無政府的な「ジェンダー反転」の世界

ミス・フューリーの「誕生秘話」は、コミックというジャンルにおける男性中心の慣習を、独自の冷ややかな皮肉を込めて描いている。

ある晩、マラ・ドレイクという女性は、友人のキャロルが仮面舞踏会に自分と同じドレスを着てくると知る。そこで、メイドのフランシーヌに勧められ、肌にぴったりした黒猫の着ぐるみを身に着ける。それは、当時らしい帝国主義的なひねりとして、かつてアフリカの呪術医が儀式用の衣装として着ていたものだった。

舞踏会へ向かう途中、マラは銃を持った殺し屋に立ち向かう。猫の爪とスティレットヒール、そして滑稽なことに、化粧コンパクトの粉を吹きかけて悪党を無力化する。道端には、彼を不運な警察官とともに縛り上げ、意識を失わせたまま置いていく。

ミス・フューリーは必要とあれば戦闘機を操縦し、赤いサテンの舞踏会用ドレスとおそろいの靴を身に着け、パラシュートで飛び降りた。射撃の腕も一流だった。

これは無政府的なジェンダー反転のコミック世界だった。主人公も主要な敵役も女性で、家父長制の道具とされるハイヒールや化粧、マーメイドラインの裾広がりのドレスが体制に逆らうために使われた。宿敵エリカ・フォン・カンプフは、金髪のV字前髪で卍を刻んだ額を隠す妖艶な女だったが、犯罪の手口にも驚くべき才覚を発揮した。

男性キャラクターは、ギャングやナチスから、あるいは単に自分自身から、いつも救われる必要があった。この連載でとりわけ巧みなコマのいくつかは、恋に悩む不運な男性たちに割かれていた。彼らには、恋愛コミックで不安を抱えるヒロインの頭上によく浮かぶような「思考の吹き出し」が添えられていた。

対照的に、女性キャラクターたちは、ノワール作品と、戦時中に変化した女性の暮らしの現実の双方に触発された、荒々しい機知を備えていた。連載の中盤、マラは職を得て、日曜版のコミック欄としては驚くべきことに、シングルマザーになった。宿敵の息子を養子に迎え、唸る犬や鎖と格闘しながら、幼児を命に関わる実験から救い出した。

ミルズは、ミス・フューリーのモデルは自分自身だと語っている。マラの猫には、自分がかわいがっていたペルシャ猫にちなんでペリ・パーと名付けた。1918年にブルックリンで生まれたミルズは、美容院で働いて家計を支える、未亡人の母が切り盛りする家庭で育った。モデルやファッションイラストレーターとして働きながら、ニューヨークのプラット・インスティテュートで学費を工面した。

検閲

皮肉なことに、最後にはミス・フューリーのハイファッションの衣装が、大きな論争の種となった。

1947年、ミルズが描いた気骨あるヒロインの一人、エラの登場するコマを、実に37紙が掲載しなかった。南米のナチス・ハンターだったエラは戦後、ナイトクラブのパフォーマーとなった。蛇とリンゴを携え、スパンコールをあしらったツーピースの衣装でイブに扮していた。

コミックが検閲されたのはこの時だけではない。同年代の初めには、タイムリー・コミックスが、ピンクのフラミンゴ柄の壁紙に囲まれ、浴槽でくつろぐ悪女エリカの絵の掲載を拒んでいた。

しかし、フリル付きのネグリジェや猫のような女同士のけんか、シャワーシーンは数多く、検閲の目を逃れていた。禁止の背景に、力強く型破りな女性への戦後の反発があったと考えても無理はない。

戦時中、各国は男性が去った後の生産現場を埋めるため、女性に頼っていた。「リベット工ロージー」が「私たちならできる!」というスローガンで女性たちに働きに出るよう呼びかけたのと同じく、男性の数が比較的少なかったことも、コミックに型破りな女性像が登場する余地を広げた。

戦争が終わると、女性たちは復員兵に仕事を奪われた。コミックの制作者たちは、女性を自立した、決断力のある人物として描くことを奨励されなくなった。政治家や心理学者は、非伝統的なコミックヒロインの台頭が青少年非行を招いたとし、1954年までにコミックス・コード・オーソリティは、ますます保守化する思想に沿って、コミックにおける女性の描写を取り締まるようになった。1950年代には、女性のアクションコミックは恋愛ものに取って代わられ、ヒロインたちは再び男性を自らの存在の中心に据えるようになった。

ミス・フューリーは1951年12月に連載を打ち切られ、何度か復活が試みられたものの、ミルズとその無政府的な作品は人々の目から消えていった。

ミルズは、活況を呈する広告業界の周縁で商業イラストレーターとして働き続けた。1971年には恋愛コミックにも挑戦し、マーベルから刊行された7ページの物語を執筆したが、得意分野ではなかった。1979年にはグラフィックノベル『アルビノ・ジョー』に取りかかったが、未完に終わっている。

慢性喘息を患っていたにもかかわらず、ミルズは、自分によく似た無鉄砲なノワールヒロインのように、最期まで立て続けに喫煙した。1988年12月12日に肺気腫で亡くなり、ニュージャージー州に「ミス・フューリーの生みの親」という簡素な墓碑銘のもとに埋葬された。

今年、ミルズの作品は遅ればせながら評価される。2019年アイズナー賞の受賞者として、ついに彼女はコミックスの殿堂に名を連ねる。ジャンルの歴史をあまりにも長く支配してきた黄金時代の男性クリエイターたちと並ぶのだ。これを機に、彼女のコミック作品が、ふさわしい知名度や読者、そして大画面での冒険を得られることを願う。

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